Voigtlander Vessa

流転を重ねて

 今ここに、それはそれは古〜い一台のボロボロになったカメラがあります。
 名を「ベッサ」と言うらしいのですが、何処を探してもそんな表記はなく、読める文字はレンズボード下とグッダベルカに微かに浮き彫り加工された「Voigtlander」の文字だけです。
 手持ちの資料を紐解いてみると1929年にドイツで製造された初代の「ベッサ」のようです。
 もう70歳を優に越えているんですねぇ。
 私の手元に来るまでの歳月、何処の国のどんな人々の手に渡ってどんな情景や人達を記録してきたのでしょう。
 レンズを支えるステーにはこの写真機の最初のオーナーだったのでしょうか、自分の名前を強力な鍼のような物で彫ってあります。
「Louis Bloxham」、ルイスさんかぁ・・・何処の国の人なんだろう、ドイツの人ではなさそうです、イギリス人かなぁアメリカ人かなぁ?はたまた現在でも健在なのだろうか。
 いずれにしても70数年前のこと、何処の国の誰であれ写真機は相当高価なものでしたから紛失や盗難を考慮して名前を彫り込んだ行為には納得が出来ます。
 私が父から初めて買って貰った中古の「リコレット」も買ってきたその日に革ケースの裏側に父がマジックインキで私の名前を書き込んでいたのを思い出しました。
 今、カメラは使い捨てるものに変貌してしまい、メーカーも5年程度の製品寿命を見込んで設計製造するようになってしまいましたね。スローフードが叫ばれている昨今、10年、20年と愛着がもてるカメラがそろそろ出現しても良いのではないでしょうか。

 

 さて、ベッサです、このカメラは余程使い込まれたもののようで、張り革はすり減って革の地の色が出てきているし、素通しのファインダー枠は何度も外れたらしく針金のピンで補修されています。
 また、上等な薄い獣革で丁寧に折り込んで作られている蛇腹も折り返しの角が針穴だらけ、レンズは埃で真っ白。最後に写真機として機能してから何十年経っているのでしょうか、いまでは到底、実用に耐えられる状態ではなくなっています。

 写真機を構成する部材の中では金属やガラスの耐久力は素晴らしく、それらの部分は今でもしっかり機能していますが革のような命ある物から作られている部材は時間の経過と共に風化していくのは避けようがありませんね。
 どこをどう旅をして私の所まで辿り着いたのか、その経緯については想像すらつきませんが、この写真機が誕生してから70数年後の今、ここにこうして在ることがこの写真機の運命だったと言えば大袈裟でしょうか。

 しからば、出来うる限り原型を壊さぬように補修を試み、再度この”フォクターレンズ”を通して蛇腹の中に光を取り込んで写真を撮って見たいと、そんな気持ちになったわけです。

 巻き上げネジのそばにある小さなボタンを押すと、前蓋のロックが解除されて45度くらいの位置までポンと出てきます。そこから先は手でゆっくり開いてあげるとカチッと音がしてレンズがセットされます。いわゆる手動立ち起式ですね。
 この方法は蛇腹カメラにとっては最良の方法で、イコンタのように強力なスプリングの力で一気に立ち上がってしまうとレンズやシャッターに悪影響があるばかりでなく、蛇腹の内側で負圧が生じ、中のフィルムが一緒に引っ張られて平面性を損なう恐れがあるのです。ワンタッチでセットアップがOKというわけにはいきませんが、長く安心して使えるのはこちらの手動立ち起式なのです。

 この写真機には先ほどの説明のように素通しのファインダーが着いているのですが、レンズボードに反射式の縦横自在ファインダーが着いています。この当時の写真機には概ね付けられていたもので、視野が小さいので見難いのですが慣れると案外正確なフレーミングが出来ます。
 はじめは真っ白けっけで何も見えなかったのですがバラして磨き上げたら景色を見通せるようになり、しっかり実用品になりました。

 このファインダーは上から覗き込みますから二眼レフと同様に子供の目線で撮影することが可能です。アイポイントならボディに着いた素通しで、ローアングルなら反射式でというような使い分けが出来る便利な装置ですね。

 また、レンズボードを引っぱり出したり固定したりするためのステーの構造はこのフォクトレンダー・ベッサの独創で、この仕組みの考案だけでも特許が取れるのではないだろうかと思えるほど実にシンプルで理に適った構造です。
 その動きを説明できる文章力が私にはないので残念なのですが、もしこの写真機に触れられる機会がありましたらぜひ、その構造をご覧になってください。
 どなたもヒェ〜ッと声が出てしまうほど巧みな設計がされています。
 もう一つ、この写真機が持つ素晴らしい考案をご紹介しましょう。
 それはフィルム巻き上げ側のスプールを出し入れするためのセンターシャフトを巻き上げノブを逆に回転することで行う仕組みです。
 数多くのロールフィルムを使うカメラを見てきましたが、こんな巧妙な仕掛けを持つ物に出会ったことがありません、これまた見事な仕組みですよ。

 それでは、写真が撮れる程度に復活させることが出来ましたので早速、写真を撮ってみましょう。

 ほっほぉ〜、流石に古めかしい描写ですがピント面の解像は案外悪くありませんよ。
 全体的には後年のスコパーなどと共通の品のあるトーンも持っているようです。今流に言うといかにも癒し系的な写りですね。
 一部同じ6×9判のマミヤユニバーサルで撮った被写体と同様のモノがありますが、どっこいの解像にビックリしました。
 如何に私が物好きだからといって、常用カメラにするには色々問題がありますが、だからといってこのまま眠らせるには惜しいので、いわゆる何の目的も持たずに撮り歩く”ブラ撮り”の際はたまに連れ歩くことと致しましょう。

反対側のステーにも同様に「Bloxham」というセカンドネームらしき銘が彫り刻まれています。

 右側に見えるフィルムを巻き上げるためのカム、レバーリングを逆に回転させるとこのカムが引っ込んでフィルムが取り出せるようになります。このカムロックの方法には色々ありますが、このベッサの工夫は秀逸です。

 

Vessaの作例です。

以下の写真は、Agfa APX 100をND-76で処理。
Canon D2400Uでネガフィルムを直接スキャニングした画像です。

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