心筋梗塞発症!

 2014年の正月休みも終り、仕事始めの1月6日夜の11時頃、そろそろ就寝の準備でもと夜具を敷こうとしたその時、突然胸の上部(ミゾオチの辺り)が上から誰かに踏みつけられるような重さを感じた。その重さの感じは相当にひどく、感覚としては子ども一人分くらいの30kgくらいにも感じるほどだ。もちろん、それに伴い息苦しさも半端じゃないほどに苦しい。こんな重苦しさは今までに経験したことの無い異常さで、8年前に突如発症した不安定狭心症のときの息苦しさとはまるで異質の感覚である。ここでもし座ったり横になったりしたら明らかに自力では立ち上がれないことだけはハッキリ自覚できたのでしばらく立ったまま深呼吸をして様子みたが、状況はどんどんひどくなる一方で意識を正しく維持することも危なくなってきてしまった。
 これはきっと何かの原因で相当に血圧が下がってしまったためではないかとギリギリに判断ができたので仕方なく家人に声を掛け、深夜のことではあるが以前にお世話になった病院に電話をしてもらい発症状況を相談し受診の要請をしてもらった。
 この時、病院側で電話を受けてくれたのが、たまたま偶然にもその日の当直だった循環器科の女性医師で診療機材をセットアップしてしておくのですぐにでも救急病棟へ来て下さいとの応答。救急車を待てないほどに苦しいので家人の運転で病院へ直行することにした。しかし、その時点ではさらにもう一段血圧も下がってしまったようで、玄関ドアを開けた瞬間に激しい吐き気に襲われ、その場で今までの人生でも経験したことの無いほどの腹の底から突き上げるような強烈な嘔吐を三度もしてしまった。

 家人もコトの異常さに必死で運転してくれて、ものの10分足らずで病院へ着けてくれた。すぐにそのまま救急外来へ。心電図と心エコーで心臓の状態を見てくださり、「ほぼ99%の確率で急性心筋梗塞」との診断!緊急手術という判断をされた医師は、すぐに電話で執刀関係スタッフ5人を深夜にも関わらず緊急に招集してくださった。病院に到着してから実に30分ほど後にはボクはもうカテーテル室の手術台の上に乗せられていたのである。


 手首に麻酔の注射をされたのが、日にち変わって7日の午前1時。そこから造影剤検査を受けて閉塞箇所の確認をする。事前に先生が予想した通り、8年前に施術した冠動脈6番直近が詰まっていることを確認。以前は造影剤が発射された瞬間に「ウッ!」と唸ってしまうほど息苦しさを感じたものだが、今回はいつ発射されたのか分からないほど何の変化も起きなかった。ついでに言うと、カテーテルのチューブを手首の動脈から挿入していく際にも前回の時は確実に「いま、ここを通っている」という接触感があったが今回のチューブ挿入はまったく無感覚で心臓まで達してしまった。この8年間の機材の進歩のスゴさを実感した。


冠動脈6番というのは、上図の数字の6のあたり。
冠動脈では最も太い血管のほぼ根本のあたり。
なので、左心房から左心室にかけての血行が止まってしまい事態は最悪に・・・

 閉塞箇所が確認できたところで、今度は急いで血流を再開させるために閉塞現場の6番にバルーンを飛ばしてまずは血管を広げる作業を開始。この時点では、もう心拍数が40台、血圧70/40くらいに落ちていて医師の問い掛けにも即答は出来ず、2、3秒おいて極々小声で一言発するのが限界だった。たぶん、先生は意識の有無を確認するために数分おきに問い掛けをしていたのだと思う。
 実は今回の手術で一番苦しく辛かったのがこのバルーンによる血流再開後の約10分間。それまで半死状態で止まりかけていた心筋にまた血流が甦ったことで急に心拍数が上がり心臓がバッコンバッコンと動き出したものだから、その苦しさたるや死んじゃうんじゃないかと思ったほど!死にかけて止まりそうな心臓が再動を開始したのだから呼吸とが俄然楽になるのではと予想していたが、実際の感覚はその逆だった。
 「もうアウトだよ、手遅れだよ、心停止して、もう早く楽にさせておくれよ」と思っていた我が心臓にまたいきなり新鮮な血液がドバドバと流れ込んできたもので、慌てて嫌々ながら動き出したとでもいう感じだろうか、とにかくもう一度「生」に向かっての苦しみを味わったのである。言い換えれば、その時に心筋には相当なダメージが加わったはずで、翌日からの一週間はこのズタズタに傷ついた心筋へのリハリビリテーションに費やされることになった。
 こうして前回6番に施術したステントのそのまたさらに上の部分に18ミリくらいのさらに太いステントチューブを装着して、手術は完了。壁面の大きな時計を見上げると時刻は午前4時丁度を指していた。まる3時間に及ぶカテーテルとしては長時間の手術。
 深夜にも関わらず、緊急召集でお集まり頂き、私の命を繋いで下さったカテーテルチームのみなさまに心からの感謝とお礼を述べさせて頂きます。ちなみに、今回の手術では医師二人・放射線技士一人・カテーテルオペレーター一人・看護師二人の計6人全員が若き女性チームという構成で、最初にメンバーのみなさんのお顔を見た瞬間に手術の成功を確信し、安心して術台の上に横たわっていた。



 さて、こうしてまたも一命を取り留めて頂いたことに感謝して、今回の病変について思い当たることを素人なりにメモしておこう・・・
1. 8年前の手術の際、当時の最新版の薬剤塗布ステントを装着してもらったが、臨床データでの実績は5年と聞かされていた覚えがある。しかるに8年を経過しているので薬剤の効力が薄れてきていたのかもしれない。
2. 昨年11月末の心電図及び血液検査ではすべてが良好な状態で悪しきデータはひとつも無かった。なのにこの度の梗塞である。やはり、年齢と共に動脈硬化の進行は確実に進んでいることは仕方のないことなのだろう。ちなみに今回、ボクの冠動脈を塞いだ犯人は「粥状(じゅくじょう)血栓」というものらしい。
3. もしかしたら、311後の食品に含まれていた放射性物質の影響も多少はあるのか、当初はずいぶん福島・茨城産の生産品を食べていたからなぁ〜・・・。

 もし、あなたもワタシと同じように加齢に寄る動脈硬化が進行しているとしたら普段の生活には細心の注意を払ってください。脂質と塩分を抑えた食事で快食快便、充分な睡眠と休養、小さなことでクヨクヨせずにストレス溜めないなどなど・・・。



 動脈硬化というのは血管の内部に起こる変化なので、普段の生活からはなかなか気付けるチャンスを見落としてしまうのですが、もし、私のようにかなり進行してくると外見的には唯一耳たぶにサインが現われます。この私の写真のように耳たぶに深いシワが出来始めたら要注意ですので、洗顔の際などまたには耳たぶのシワを気にして確認してみてください。

 

 またまた運良く助けられた命、残された日々はあとどれくらいのものなのか分かりませんが、永遠でないことだけは確かです。今回のことについて関わってくださった人々の恩に報いるためにも、なお一層の生活態度の改善を目指そうと思っています。取り急ぎの拙い報告ですが最後までお読み下り、ありがとうございました。

 

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