震災後、海沿いの福島犬に逢いに行く(2011.7.24)


前回(2011.5.16)は主に福島県の「中通り」地域を中心に、昨年、見学に行った
「寅吉・和平犬」の消息を中心に見に行ってきたが
今回は津波の被害を直に受けてしまった海岸線を茨城・日立あたりから北上して
原発30キロ圏の手前あたりまでを見てきた。

この地域は漁村・漁港がとっても多いので、その漁の安全を祈願するのであろうか
お宮さんが海っぺりにはとっても多いのだ。
半径500mほどの狭い区域内に4社ものお宮が存在するところだってある。

しかし、ほとんど海岸線の近くに所在していたような神社を含めた建造物は
ことごとく津波で浚われてしまっていて、その跡形すら消えてしまっていた。
地図上では、確かにここに神社が存在していたはずなのだが
どんな参道があってどこに狛犬がいてどんな拝殿だったかなど
まるで見当すらつかぬ程になにもかもが消え去っていた。

ここ「沼の内」はあの美空ひばりさんが歌った塩屋崎からさらに北へ上がったところにある。
そこの少し小高くなったところに「密蔵院」という古刹があったので寄ってみた。
山門の標柱や灯籠など、この近所の社寺ではことごとく倒壊していたのに
ここではその入口からして「健在」のように見えたので興味が湧いたのだ。

あちこちヒビだらけだが落下せずに残った石橋をわたり50mも行ったところで出くわしたのがこの風景。
震度6強の揺れでは大鐘を支えていた四本の柱もひとたまりもなかったのだろう
この先は「立入禁止」か、近寄って望むとそこにはさらにヒドい光景が。

ここからは入れそうもないので大きく迂回してみた。
この寺院は最奥に神社を持っていて、それらの建造物がことごく壊滅していた。
下の写真:右側で傾き水没しているのは拝殿らしい・・・
1/3くらいが水に沈んでいるので建物全体の形がよく分からない。
左側本殿も側壁などが豪華な彫刻で囲まれている文化財級のたてものだが
大きく傾きほぼ全壊状態。階段脇には狛犬も居るぞ。

かなり足場も悪いが近づいてよく見てみよう。


海が近いせいか、結構、風化と錆が激しい。
しかし、関東では見ない脚の細さ、独特の面影あるとても美しい狛犬だ。
あれほどの強震の中、建物はみな滅びてしまったが君たちはよく倒れずに頑張ったね。
吁クンは前足を無くしてしまったようだけど、ここの再建が叶ったら
キミたちもまだまだガンバってくれよな・・・・。

この子たちにはそう言葉をかけて、とりあえずこの場を辞退し
さらに次なる海沿いの探索に向かった。


次に訪れたのは、いわき平豊間の「両諏訪神社」というお宮さん。
ここも海面からは5mくらいしかないので、
かなり津波が奥まで届いてしまった様子が分かる。
手前の吁くんは台座から落ちてはいるが
よほど落ち方が上手かったのかほぼ無傷で
よかったぁ〜〜〜。



相棒の阿さんは台座には乗っているものの完全に180度向きを変えてしまってあらぬ方向を睨んでいる。
どうしたら、こんなことが起きるのか不思議でしょうがない!



本殿はご覧のごとくだが、一応ザッと片付いてはいたものの
かなりヒドくやられてしまっていた。

で、本殿の前をしっかり護っていたのがこの子たち。

先に訪ねた「沼の内」に居たワンコとそっくりじゃないかっ!
間違いなく同じ石工さんの作品ではないだろうか。
誕生日もこちらでは明瞭に読み取れる「大正十四年五月十四日」だ。
古犬というほどの年寄りではないが実にいい風情のワンコだね。
それにしてもこの腕の細さはスゴい。
よほどデリケートなノミ使いで仕事を進めたんだろう・・・。

反対側の台座縁には作者名も
「山田組大五郎刻」と刻んであるのだろうか・・・・

この辺りでは10社以上のお宮を見て回ったが完全な姿で
佇んでいたのは唯一この子たちだけだった。
たぶん当日は頭の上まで水に浸かってしまったと思うのだが
よく頑張って耐えてくれたね、この先も村の再建をしっかり見守ってくださいよ
と、頭を撫でてしばしのお別れをしてきた。

さて、福島沿岸沿いのワンコの様子が心配で取り急ぎザッと見てきたが
あまりの惨状にいわゆる「狛犬観賞」という雰囲気などとてもなれず
ただただ悲嘆の北行きになってしまった。
今後も、この地域のワンコをもう少し追いかけてみるつもりだ。
出来ることなら大熊町のワンコたちの消息も知りたいが一体何年待てば
彼らと会うことが出来るようになるのだろう、今のこの現状が悔しくて仕方がない。

2011.7.31

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