PRIMOFLEX II


左は最初のプリモフレックスI型、補修半ばでまだ使用することが出来ません。
右が今回お世話になったII型です。

ボタンの功罪

 先日、テレビのニュース番組を見ていたら解剖学者の養老孟司さんが最近の不可解な凶悪犯罪についてドキッとするようなことを語っておられた。
 それはボタンに原因があると言うのですね。
 曰く、現在の文明社会では全てがボタンひとつで用が足りる、お風呂を沸かすのも、コカコーラを手にするのも、はたまた地球を破滅させることも、全てボタンひとつでこと足りてしまいます。
 これは目的を達成するまでの道程なり工程が全く見えない、或いは見ようとしないわけで、ここに暮らす人々は「目的を達成するまでの労働や行程の苦労を我慢こと」を忘れてしまったというのです。
 物欲を我慢する、美食を我慢する、収穫まで我慢する、短時間で遂行できることを我慢する、寒暖を我慢する・・・うぅ〜ん、私も深い反省が必要なようです、何一つ我慢が出来ていません。
 しかし、思い起こしてみると幼い頃は365日が我慢の日々、と言うかそれが当然だったので、我慢をしているという感覚は無かったのですが。 秋の遠足も終わり足元に目をやるとつま先がパカパカと口を開け、すっかり草臥れたズック靴、当然雨の日ともなれば瞬く間に足はびしょ濡れです。しかしそれもあと三月の我慢、お正月になれば毎年ズック靴や肌着は新調してもらえましたから、それまでは泣き言を言わずにジッと我慢。もっとも泣き言を言ったところで「大事に履かなかったお前が悪い!正月まで辛抱しろ」と言われることは百も承知でしたから、諦めて泣き言は言わなかったです。
 待ちに待った師走、商店街に家族全員でそれらの物を買い出しに行くときの高揚した気持ちは格別でしたね。

 振り返って自分が育ててきた子供達はどうだったでしょうか。我慢が出来る精神力を教えてきたかなぁ〜・・・ついつい不憫と思ってしまい甘くなってしまったのではないだろうか・・・、ふと不安が横切りますがもうとっくに社会人となってしまったので今更取り返しは着きません。

 ボタンと言えば、カメラもボタンひとつで全てが完結してしまう昨今ですねぇ。露出もピントも全てカメラにお任せ。カメラ自身で全部やってくれちゃう・・・人々は何にも考えない、何も考えようとしない、写真は人が撮るものではなくカメラが撮ってくれるものになってしまったわけで、撮った本人も撮られた人々もそこには労力や苦心などは全く介在していませんから、実に扱いが軽い!プリントを一瞥してその時の状況をちょこっと思い出してお終い、アルバムに整理することすらしません。
 10年、20年と時が経てば貴重な記録なのに・・・いいんでしょうかねぇ〜記録を消費しちゃって。


 さて今回は、「プリモフレックス」という二眼レフです。
 このカメラは昭和26年にI型が誕生して以来、改良を重ねて各型が生産されたのですが、今回使ったカメラは昭和27年に発売されたテッサータイプのシムラーレンズと小西六のシャッターを搭載した高級機II型です。
 プリモフレックスといえば言わずと知れた名門・東京光学(トプコン)が作った二眼レフですネ。東京光学といえば戦前戦中は陸軍御用達の軍需光学会社だったんです。
 一方、海軍を一手に担当していたのがご存じ日本光学。共に全ての製品は光学兵器でしたから一般民間人には縁の無い会社だったわけですが、東京光学の方は一部民生用に昭和13年頃から「ミニヨン」というスプリングカメラなどを造っていたようです。
 光学兵器といっても何のことか余りよく判らないでしょう。どちらの会社も開発に心血を注いでいたのは「測距儀」というものです。
 いわゆるカメラで言うところの距離計ですね。自軍の砲を撃つために敵の艦船や陣地までの距離を測り測定した結果を砲の発射角度に反映させたのでしょう。
 この辺は門外漢なので詳細は判りかねますが、要はカメラの距離計のお化けみたいな物(基線長が数十センチ、日本光学が戦艦大和のために作った測距儀に至っては基線長が何と15メートルもあったらしいです)を開発するのが主たる仕事だったようです。

 


昭和26年発行の写真雑誌に掲載されたプリモフレックスの広告。
販売に関しては京都の「大澤商會」が一手に引き受けていたんですね。

 そしてこのプリモフレックスですが、このカメラにはボタンと呼べるような装置が一切付いていないんです。
 そんなことは無いはず、シャッターボタンが有るだろうって、いやシャッターボタンもないのです(タイトル写真をよくご覧ください。シャッターチャージレバーがレリーズスイッチを兼ねているんです)。
 まぁ、二眼レフに関してはどんな機種でもそうですが、完全なフルマニュアル!
 1枚の写真を撮るのに、慎重にフィルムを装填し、暗いピントフードを覗き込みながらピントを定め、露出をカンピューターで決定し、シャッターをチャージし、決心が出来たらシャッターを切る。
 こうして撮った大切な1カットですから、露出が多少オーバーだろうがアンダーだろうが、はたまたブレようが撮影者にとっては、それはそれは大切な自己責任の1カットになるわけであります。
 このカメラ、構造や意匠に関しては国産他社の二眼レフと同様にまんまローライコードのコピーです。従ってそのことに関しては何の感慨も湧かないのですが、写した写真を見るとこのカメラはただ者でないことが分かります。
 コントラストも階調も実にキッチリ、一応単層のコーティングが施してありますが、カラーでの色再現も見事な物です。私の作例ではその実力の全てを伝えきれないのが残念でなりませんが、一端は垣間見ることが出来ると思います。

 後日、たかさき先生にもお手伝いいただきました。
レストアはこちらから
同じく作品はこちらから

 

PRIMOFLEXの作例です

以下の写真、モノクロはAgfa APXをND-76で標準現像
カラーはKodak E100VSをラボで現像処理したものを
Canon D2400Uでフィルムを直接スキャニングした画像です。

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