パーレット

パーレット: 「よくできました」のハンコを押してあげましょう
 写真機の調整や修理に必要な道具は色々ありますが、その中でも使用頻度のトップは精密ドライバーといわれる小さなネジを扱うためのネジ回しです。
 種類はマイナスとプラスの2種がありますが、ここ半年ほどはプラスネジの精密ドライバーの出番がさっぱりなくなってしまいました。
 数多くのカメラを分解した経験のある皆さんはお分かりのことと思いますが、1960年以前に製造されたカメラには内外を問わず、殆どプラスネジは使用されていません。
 ということで、最近はかなり年季の入った物件ばかりを相手にしていたことに気づいたのです。
 カメラに使用されている極小のマイナスネジは、ドライバーの先端が滑ったりして、作業性が非常に良くありませんね。その点プラスネジだとスイスイ作業がはかどります。
 解ってしまえば簡単なことなのですけれど、もっと早くプラスネジが実用化されていてもよかったのではと、まぁ今そう思ったところで、致し方のないことですけど・・・。
 余談ですが、このプラスネジという発案は、日本人の発明だと学生の頃、何かの授業で聞いたことがあります。

 さて本題の「小さな真珠・パーレット」ですが、年季の点では相当のもので実用品というよりは骨董品に分類されてしまうかもしれません。
 前稿のコダックフォールディングカメラと同様に、依然として蛇腹カメラの歴史に拘っていて、今度は日本でのファミリーカメラの祖始に触れてみたくなった訳です。
 いろいろと私なりに調べてはみたのですが、写真界の重鎮あるいは長老と云われているような人々の回顧録や経験談の中に必ずといっていいほど、このパーレットという名が登場するんですね。
 それで前々から気にはなっていたのですが、事前にプロフィールを調べてみると、日本初のロールフィルムを使用した写真機らしいのです。どうやらこのカメラが日本のファミリーカメラの元祖のようです。うぅ〜ん、これは興味津々であります。

 造ったのは「六櫻社」、今のコニカですね。
 やはりここでも狙いは一般家庭に対しての写真機の普及、前稿のコダック同様、フィルムメーカーがこしらえたカメラだったんですね。
 造られたのは、1925年(大正14年)もう80年近くも昔のことです。その後20年以上に亘って生産されたらしいのです。凄っいですねぇ〜、何とまあ製品寿命の長いこと!
 多少の設計変更や改良が加えられたにせよ、一つのモデルで20年以上の製品寿命とは、よほど品質が良かったのか、次の製品開発を怠けていたのか、何とも悠長なことではあります。
 時代もそれを許していたんでしょうね。今のデジカメに至っては、製品鮮度はわずか3ヶ月、1年も経ったら完全に商品価値を失ってしまいます。このめまぐるしい進行の早さは異常です。端で見ていてもイヤになってしまいますね。
 端で見ていると書きましたが、わたくしデジカメに関しては、とうとう乗り遅れてしまい、恥ずかしながら未だに触ったことがないのです。したがって、このホームページでご覧頂いている各カメラのプロフィール写真は、銀塩カメラで撮影したものなんです。
 これまた、なんて悠長なことをしているんでしょうねぇ、時代遅れも甚だしいです!
 実は友人にデジカメの開発に関与している人がいて、「今度、こうゆうの出すから買うんだったらそれまで待て!」とアドバイスしてくれるんですね。そうこうしているうちに発売日が近くなるとまた現れて、「今、こうゆうの開発しているから、買うんだったらそれまで絶対待て!」とまたまたストップをかけられるんです。
 彼にしてみれば、最新のいいものをと善意で社外秘の事情を耳打ちしてくれるのですが、私にしてみれば、鼻の先に餌がいつもぶら下がっているようで一向に踏ん切りがつかないわけです。
 そんなこんなでかれこれ4年、彼とのつき合いが続いているうちはデジカメGETというわけにはいかないようです。

 話をパーレットに戻しましょう。
 このカメラ、ロールフィルム使用といっても、前回のコダックのように6×6cmの120タイプではなく、127タイプと呼ばれる4×6.5cm画面の通称ベスト判というやつを使うんです。
 コニカは勿論、コダックもフジも現在ではそのフォーマットのフィルムの製造していませんが、一部のカメラ店でFOTOKEMIKA(クロアチア)製の「efke」というモノクロフィルムを入手することができますので撮影は可能なんです。
 私もお世話になっているJFC(ジャパンファミリーカメラ)会の猛者の中には、120のブローニーフィルムをカットして自作してしまうエキスパートもおりますが、私の場合は、ついつい行きつけのお店に置いてあるので買ってしまいます。1本のお値段は550円、モノクロ8枚撮りとしては、ちょっと割高な感じもしますが、現在このフィルムの生産数を考慮するとかえって安いかなぁとも思います。また戦乱の続いたクロアチアの経済復興に少しでも寄与できるなら、沢山使ってあげたほうがいいですね。
 では、このカメラを仔細に観察してみましょう。
 ボディの金属部分は全て塗装仕上げがしてあり、貼り革はどこにもありません。これは手本になったベス単やピコレットの影響を多分に受けたものと思われます。
 さすがに80年の時を経た、塗装面は酸化と劣化でひび割れてボロボロです。しかし、大東亜戦争の戦乱に巻き込まれつつも、今こうして私の手元にあることを考えると、いろいろな感慨が湧いてきますね。
 東京をはじめ、主な都市はことごとく米機の爆撃を受け、焦土と化してしまったのですから、よほど大切に持ち出されたか運良く地方にあったものなんでしょうね。

 レンズボードの左上に六櫻社のシンボルマークらしきシールが貼ってあるのですが、このデザインが桜の五弁の花びらに漢数字の六をあしらったもので、何となく何処かの小学校の校章というか、「よくできました」マークというか、カメラの性格とも相まってプライマリーさに溢れていて実に「昭和初期の日本」を感じさせてくれます。

 撮影するためには、まずレンズボードの天地に付いているギザギザのあるベロをを持って蛇腹を引っぱり出します。
 設定された位置まで引き出すとカチッと音がして止まるのですが、この仕組みが実に良くできています。
 蛇腹の伸縮はタスキになった2対の金属棒が司っていますので、出そうと思えば金属棒が突っ張るまで出てしまうんですね。
 実に簡単なメカで確実に定位置でレンズボードが止まるようになっています。文章で表現しようとすると、かなり複雑に書き込まなければ、私には表現できませんので、お店などで見かけたら是非その仕組みを見てみてください。Simple is bestの見本のような仕掛けに感動しますよ。 他のベストポケット型カメラもこの定位置で固定する仕組みが千差万別で、それぞれの工夫が実に面白いです。
 このカメラにもコダックものと同様、上から覗く小さなファインダーがついています。こちらものはコダックのものより更に見えが小さく、慣れない私には、どこが投影されているのやらさっぱり見当すらつきません。
 この形式のファインダーって本当に活用されていたのでしょうか?あまりの見難さに私は首を捻ってしまうのですが・・・。
 もう一つこのカメラには、ファインダーとおぼしき装備があります。レンズボードの縁に沿って針金製の枠があります。この枠を180度反転させ立ち上げます。そして今度は、裏蓋に付いている円盤状の中に仕舞われている銀色のプレートを引き出します。そのプレートの先端に小さな穴が開いていて、そこから覗くと、これが素通しのファインダーになっているんです。
 この穴から見た被写体は非常にクリアーですね。なんたって、レンズを通していないからヌケのいいこと、いいこと!こちらは至って実用的です。
 シャッターは「Echo」と刻印されたB, 1/25, 1/50, 1/100の4速エバーセット方式、ちょっと油断して巻き上げを忘れると2重露光の連続になります。
 絞りはf8からf64までというスペック。レンズは単玉の固定焦点ですが、近接用にファインダー枠に固定された凸レンズを1枚付加することが出来ます。したがって近距離用と中遠距離用の2焦点をアバウトにカバーできます。

 ということで、使ってみた感想ですが、一言で云うと「楽しい」カメラでした。
 何が私を楽しませてくれたというと、一つ一つの操作がとても新鮮に感じたんですね。こんな古いカメラのどこが新鮮かとお思いでしょうが、ガイドに潜らせるフィルムの装填から始まって、ファインダーの操作や極小絞りのf.32・f.64での撮影(大判用のレンズではここまで絞れますが、小型カメラでは普通f.22位まででしょう)手ブレ必至のシャッターボタンの位置など、今までに経験したことのない作法を教わりました。
 たぶん最新のデジカメを手に入れても、このカメラほどの楽しさや新鮮な感動は得られないのではないでしょうか。
 このカメラの扱い方についての取説も文献も勿論ないので、手探り状態ですがカットアンドトライで撮影してみることにしましょう。
 どんなふうに写るのか、ワクワク・ドキドキ・楽しみだなぁ〜。


ベスト版のフォーマットとも相まって、蛇腹を畳むとデジカメほどのコンパクトさになります。


この写真では見にくいですが、フィルムの平面性を確保するため、
圧板ではなく鉄板製のガイドにフィルムを通して使います。
センターに開いている矩形の窓は裏紙のフィルムナンバーを読み取るために開けてあります。
右側の裏蓋には、SAKURA FILMのシール、レトロそのもの。


レンズボードのアップです。蛇腹は本皮を用いていますが相当数のピンホールが発生しています。
左が見難いことこの上ないファインダー。右寄り半円形のベロがワイヤーレリーズ取付ネジ穴、
現行のレリーズと同じピッチなのにビックリ!
ついでに三脚取付用ネジ穴も縦横2カ所にあるのですが、現行のネジとピッタリ合います。
右に赤くペイントしてあるのがシャッターボタン、エバーセット式です。
何とまぁ、この位置では手ブレ必至であります。通常の撮影では、レンズボードの
周囲のある針金製のフレーム枠を立ち上げて撮影します。
写真の状態は、近接距離での撮影用、レンズ先端に凸レンズを1枚付加します。

2002.11.11

 

六櫻社パーレットを使ってみました。

試写の作例なので、スキャン時にアンシャープマスク等の画像処理は加えていません。
フィルムはクロアチア製のefkeを使用でD-76自家現像です。トリミングはせずフルフレームの状態です。


このカメラのフレームは4:6.5。かなりワイド画面です。
お客の男性までは3m位、固定焦点ですのでピントが心配でしたが合っているようです。


東京・青山骨董通りを少し逸れると岡本太郎画伯の旧居があります。
今では、記念館になっていて一般に公開されています。


茶店までは10m位、単レンズ独特の懐かしい描写をしてくれます。
ファインダーの見えが恐ろしく小さくて見難いことこの上ないので、アバウトでレリーズしてしまいましたが、
案の定、カットしたつもりの手前のゴミ箱が見事に入ってしまいました。(笑)


夏の強烈な日差しが注ぐ、蓮池。それなりにコントラストもしっかりでビックリ!


明暗が交錯する難しい風景でしたが、マグレで当たった1枚。f16・1/25
手前の草は50センチ位なので、ピンは外れてしまいます。


折角ですので、近接撮影用に装備されている凸レンズを被せて撮ってみました。
ポンプまでは1.5m位、ちゃんとピントが合うようです。疑心暗鬼だったのでf.16まで絞りました。

今回はefkeのフィルムを使用したので、感度はISO100、手持ち撮影でスイスイ撮れましたが、
このカメラを現役で使っていた70年前の人は、低感度・低解像度のフィルムに苦労したんだろうなぁと、
プリント作業をしながら考えてしまいました。
ベストポケット型のカメラとしては、あまりよい評判を聞かないパーレットでしたが、
どうしてどうして、良く写るではないですか。コダックベス単やピコレットはこれ以上なのでしょうか。興味は尽きませんね。

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