Minolta A3

TD偏執狂

 突然ですが、空から降ってくる物と言えば・・・雨か雪とお思いでしょうが、昔はよく紙ッペラも降ってきたんです。
 もっと昔は爆弾も降ってきたのだそうですが私は戦後生まれなので、それは幸い経験がありません。40代後半以上の方だったらご存じでしょうがよく降ってきましたよねぇ〜、紙が。
 これはもちろん天上の雲間から降ってくるわけではなく飛行機から地上に向けて蒔いた物です。そうですねぇ、おおよそハガキ大くらいのペラペラしたピンクや青や黄色の紙です。
 もちろん戦後のお話ですから投降を促す米軍のビラではありませんヨ。近くの大きな街の洋品店や薬局の新規開店を知らせたり大安売りの告知が印刷されていたりしていました。
 大抵が土曜か日曜の昼下がり、単発の高翼軽飛行機がだんだんと高度を下げながら近づいてきて高度200メートルくらいまで降りてくるとゆっくり旋回し始め、スピーカーから音楽やら女性の声でアナウンスが流れ始めます。と同時に搭乗者が窓から件のチラシを何千枚と投げ蒔くのであります。 この様子が実にキレイだったんですよ。一瞬プロペラ後流にサァ〜ッと流されるのですが、じきにフワァ〜っと大きく拡がって陽の光にキラキラ反射しながら実にゆっくりとヒラヒラ舞い降りてくるのでありました。
 当時わたしはまだ小学生の遊び盛り、原っぱで三角ベースや馬乗りに興じているのでありますが、このビラまき飛行機が飛来するとそれまでしていた遊びをピタッと止め、自転車に跨るや一斉にこのビラが舞い降りてくる方角に向かって突っ走って行くのです。
 自転車を持っていない子はとりあえず誰かの後にしがみつき、それ行け〜ってなもんです。
 何たって目標の方向は空ですから上を向きっぱなし。それで自転車漕いでいるのですから、危険この上ない走り方。今ほど車は走っていませんでしたがよく事故に遭わなかった物です。
 そして落ちてきた地点まで汗だくで走ってきては夢中で拾い集めましたね。
 路上や空き地はもちろん他人様の垣根なんかずかずか乗り越え・・・やがて子供達が庭でがさがさやっているものだから怖いジイさんが出てきて「コラァ〜ッ!」、飛びあがらんばかりにビックリして逃げ出したりして・・・。
 こちらは子供ですから書かれた内容などには関心がありません、そもそも仮名はともかく漢字はほとんど読めませんでしたから。
 そんなことより飛行機という憧憬の対象から蒔かれた物を手にすることにワクワクしたんです。
 その挙げ句、ポケットに入りきらないほど拾って家に持ち帰れば当然親の目に触れるわけで、ここで初めて広告として生きてくるんです。
 それにしても長閑な時代だったんですね、拾われなかった物はそのまま芥になってしまうわけで、よくこんな宣伝方法をお上が黙認していたものです。良い時代でしたね。
 もしこの時、カメラ屋さんが開店してビラ広告をしたとしたら多分セール品目に載っていただろうカメラが今回の主役、昭和34年に誕生した「ミノルタA3」です。えっ、主役の登場が遅すぎるって・・・まぁまぁ、そこはいつものことなので大目に見てください。

 ミノルタ(モルタ合資会社)は戦前から日本で最初の二眼レフやスプリングカメラを世の送りだしていたことは「ミノルタセミP」の項でも書きましたが、戦後になってすぐライカの将来性に強く共感し、35ミリ判カメラの開発に着手するんです。
 最初は当然のごとくライカを手本にフォーカルプレーン式RF機から出発しました。やがてレンズシャッター機の有利さを感知し、昭和30年に完成させた「ミノルタA」が最初のレンズシャッター機として世に出されたのです。
 このカメラは、3群4枚テッサータイプ50/3.5レンズを搭載し、シャッターを後ろ向きに付けて鏡胴の出っ張りを極力抑えるなどユニークなアイデアとスタイルを持ったカメラでした。
 このミノルタAは成功し、人々から受け入れられシリーズ化されていくことになるのですが、今回の「A3」は文字通り3番目、それまでのゴロンとしたスタイルを一新し、いわゆるレンズシャッター式距離計カメラの元を築いたデザインを与えられたのです。(もちろんライカM3の衝撃的なデザインがが引き金になっていることは事実でしょうが)
 タイトル写真をとくとご覧ください。実に綺麗に纏まっています、前モデルまでのゴロンとしたデザインと比べると如何にM3のインパクトが激しいものであったか判りますね。
 青虫が成長を遂げてアゲハチョウになるのと同じほどの変態ぶりです。このA3になってレンズも少し明るい45/2.8に変更され「ロッコールTD」という名前が付けられました。

 さて、問題はこのTDなのです、以前ここで取り上げた「ミノルタ・ユニオマット」、あの艶のある飛び出さんばかりの立体感を表現するレンズにすっかり惚れ込んでしまい、以来ミノルタ3群4枚偏執狂的病状は近年のプラカメにまで手を出す始末で深刻度を増すばかり、一向に治癒の気配すら見えません。
 ユニオマットでは速度優先のオートでしかシャッターを切ることが許されず度々歯痒い思いをさせられました。
 そこで何とかマニュアルで自在に使える物を探していたらこのカメラと巡り会うことが出来たというわけです。
 正真正銘、初代ロッコールTD・・・期待に応えてくれるのでしょうか、撮影が楽しみなカメラであります。

2004.5.14


ミノルタA3の作例です

以下の写真は、1〜2はKonipan400を、3〜8はKonika Centuria200を使用。
Nikon COOLSCAN IVでネガフィルムを直接スキャニングした画像です。

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