Meisupii J

使用期限の限界は
 最近はダメですね、もうすかっり目が弱っちゃって。
 正直に言えば目だけじゃなく、全身くまなく弱ってきているんですが、日々自覚症状がはっきり判るのは目ですよ。
 で、どうダメかと言えば老眼の進行と瞳を開けたり絞ったたりする対応速度の低下が顕著です。
 なので、写真機の修理などは通常読み書きに使っている+1.5の老眼鏡では辛くて根気が萎えちゃうので+3のメガネで何とか作業していますが、コレもあと何年保つことやら・・・身体のパーツにも使用期限などというものが有ったのならかなり限界が近づいているのでしょう。

 そこで、衰え行く眼力に少しでも栄養を与えて頑張ってもらわにゃと、勉めてビタミンAを摂ろうと思ったわけですよ。ビタミンAと言えば昔から世間で良く言われているのがウナギ。うん、こりゃぁいいですよぉ、わたしも大好物ですから、願ったり叶ったり。しかしね、お値段が願わないし、叶わない。スーパーの冷凍ウナギにしたって1枚1000円くらいしますから、こりゃ女房に相談したところで、即却下!
 それでは他に何かいい手はないかと、思いついたのが最近注目のサプリメントというヤツ。わたしはあまりこの手のものは好きじゃないと言うか懐疑的に思っていたので、今まで知らん顔をしていたのですが、お店を覗いて驚いちゃった。まぁ、ありとあらゆる効能を謳ったものが何百と山積みになっているんです。人間が生きていくことに必要な栄養素がほぼすべて揃っていますね。わたしが欲しているビタミンAの関係も十数種類あって、どれを選んでいいのやら・・・。

 そうして売場をキョロキョロしていたんですが、一つだけ茶筒を短くしたようなジミぃ〜なパッケージで異質な平べったい缶が目に飛び込んできました。ラベルを読むと「カワイ肝油ドロップA」と印されています。
 カワイ・・・?カワイの肝油・・・???
 わたしはその場で、記憶が遙か50年近く前に飛んでいました。それは確か小学校での学校給食の折り、献立によってはごく時折、肝油ドロップが1個配給された憶えがあります。うぅ〜ん、あの時の缶にも確か「カワイ」って印してあったような無かったような・・・・いや、確かに「カワイ」って書いてあったぞ。

 当時はそれがどんな栄養素で何を目的に配給されたのかなんて知る由もありませんでしたが、甘いものに飢えていた子供達ですから、それはそれはご馳走でした。
 それで、どんものかというと、うぅ〜んと、うぅ〜んと・・・確か角の取れた六角形のような形で直径は1センチ?あったかナァ〜・・・周りが砂糖でくるんであって、ことのほか甘いんです(おいしかったァ〜)。
 しかし、中身はグニュッとした歯触りで、鯨のベーコンのような、あるいは燃焼前のガソリンのような独特の臭いがしましたっけ。
 だから、この中身に到達するまでは口の中でコロがして、糖衣が無くなる寸前に飲み込むわけです。やや記憶がおぼろですが、とにかく食べ物らしくない味と臭いがしましたね。
 そして、夏休み直前になると、希望者には購入させたりしていました。わたしは、栄養失調で養護施設に預けられるほどの虚弱児童だったので、母が無理をしてその肝油ドロップを毎年買ってくれていました。
 その時の容器が直径7、8センチの丸いブリキ製の缶で、地球儀を模したような印刷がしてあったような気がするのですが、どうだったかなぁ〜・・・うぅ〜ん、こりゃぁどうも目だけではなく、脳味噌の記憶回路も相当逝ってしまっているようですね。

 さて、肝油ドロップはさておいて、今日、お見せするカメラはそんな時代とシンクロする少年向けの「メイスピイJ」というカメラです。
 いわゆる、トイカメラの先駆けと言うか、元祖のようなカメラです。もっとも、トイカメラとはいえ、立派に本物の写真が撮れるものですからオモチャではありませんよ。
 しかし、時代がシンクロしていたとはいえ、このようなカメラで遊べたのは中流以上の子弟であることは間違いなく、私達のような低層階級の子供達にはまったく無縁のものでありました。その証拠に、わたしはこのカメラのことはまったく知りませんでしたし、写真と名の付くもので遊んだのは少年倶楽部の付録に挟み込んであった「日光写真」くらいのものです。
 その日光写真ですら、少年倶楽部を買って貰えたわけではなく、お祭りの夜店で付録だけを売るお店から買って貰えたものでした。

 このカメラのメーカーは言わずと知れた老舗「東郷堂」なのですが、この会社は古いんですよぉ〜、多分大正期には起っていたのではないでしょうか。昭和の初めには、小さな乾板を填めて使う小型の箱カメラなどを子供達のために送り出していましたからね。
 このメイスピイというシリーズ銘が付いたカメラは7、8種あるのですが、この「J」はもっとも初期の製品で、1951年に誕生しています。
 単レンズに単速のロータリーシャッター、絞りは小穴(約f11)と大穴(約f8)の2種が選べるようになっています。選べると言ってもシャッターが固定ですから視写界深度の調整などではなく、単に晴れ用・曇り用ということですね。
 それにしても、この「メイスピイ」とう名称はどこから引っ張ってきたのでしょうか、英単語ではなさそうだし、どんな意味なのでしょうか、あなた、ご存じありませんか?

 この時代のこの手のカメラには、殆どのものが「ボルタ判」という規格のフィルムを使っていましたが、これももちろんボルタ判を使用します。
 このボルタ判というのは、撮影画面が24×36ミリで現在の135タイプのロールフィルムと全く同じなのですが、裏紙と共に巻き取るものなのです。なので、フィルムの芯と裏紙さえ手に入れることが出来れば現在でも巻き入れて容易に使うことが出来ますよ。
 わたしも、この芯と裏紙は持っていなかったので永い間使うことが出来なかったのですが、旧知の写真仲間から、なんと未使用のボルタ判「ライトパン」フィルムを頂いたのです。
 もちろん、使用期限は40年前に切れているのですが、コレをそのまま捨てるのは何だかハートが許さないんですね。それで、ウジウジしていたら2年近くも経っちゃって・・・。
「おぉ〜し、それじゃぁ折角、フィルムとしてこの世に出てきたのだから、光を通してあげようじゃないか。そして現像液の洗礼を浴びせてあげようじゃないの」
 期限が切れて40年、無理はとっくに承知の上、こっちのカラダだって使用期限ギリギリさ、お互い様よ。

 ということで、どうなりましたことやら・・・・。

2004.11.17


メイスピイJでの作例です

以下の写真は、1〜3が40年前の「ライトパンSS」、4から7は期限に余裕のある「Fuji Neopan SS」です。
現像は共にミクロファインで標準現像処理
Nikon Coolscan IVでネガフィルムを直接スキャニングした画像です。

1.  うぉ〜っ、出ましたよ、出ましたよ、何か写っていますよ

2.  へぇ〜〜っ、写るもんなんですネェ〜

3. この上の3枚が40年前の「ライトパンSS」で撮ったものです。
1〜3は撮影順ですが、巻きが深くなるほど、どういう訳だかちゃんとしています。

4.  ここからは、新しいネオパンSSです

5.  横方向には強烈な樽型、縦方向には糸巻き型、歪曲収差のオンパレードです

6.  4の作例でもお判りのように遠景は無理ですね、このくらいの距離がベストでしょうか。

7.  50年前の少年カメラで、気持ちだけでも若返ろうと試みたのですが・・・。

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