東京で暮らしている狛犬達・・・城西編

新宿区

新宿・秋葉神社
生息地:東京都新宿区新宿1-8

 お友達と誘いあって新宿御苑近くのギャラリーに写真展を見に行ったついでに見つけちゃった神社に居た親子犬
 都心の大動脈・新宿通りに面しているのだが周りをグルリとビルが取囲んでいる場所にあるため、今までこの前を何十回と通過していたにもかかわらず、まったくこのお宮の存在には気付かないでいた。
 昭和19年生まれの比較的若い親子だが、ここの家の子供たちがすこぶる可愛いので掲載を決定した。
 パパの髭をくわえて遊んでいるヤンチャな男の子と、ママに抱えられながら毬で遊ぶ妹という構図。こんな家族の様子ってイマジネーションがまるで擬人化されているわけでこの石工さんの観察眼と造形のセンスにはただただ驚くしか無い。

牛天神の狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 ★(子育て中ながら周囲を見守る眼に油断が一切無い!)
●狛犬としての個性度   ★★★W子取りとしては珍しくないがシチュエーションがかなり個性的)
●癒され指数       (コレを見てホノボノしない人は居ないでしょ)
●思わず笑っちゃう度   ★★★(何と言っても髭をオモチャにしちゃった男の子に・・・)

●奉納日 昭和十九年十一月
●作者名 西 孝太郎
●撮影機材 オリンパスFE-310


前後左右、すべての位置で徹底的にディテールにこだわっている
各所の抜き彫りも見事の一言

2011.10.22

文京区

白山神社
生息地:東京都文京区白山5-31-26

 文京区に位置する神社としては根津神社に次ぐ老舗処。敷地面積は根津の1/4くらいか、とってもコンパクトですが末社が幾つか有ったり、拝殿左横には富士山まで備わっている本格派。
 肝心の狛犬も江戸時代の特徴を持った渋くて立派なものが備わっています。
 台座に注目すると一番大事な奉納年彫りのところの最初の一文字目が欠けていて判読不能です。でも二文字目から「○永九年九月」とはっきり読めます。像の方の風化具合や痛み方がほとんどなくほぼオリジナル状態を維持していますので、たぶんこの犬たちの誕生日は「永」の付く年号で推察すると、嘉永九年(1856年)ではないかと・・・・。もしそれ以前の「永」年号だと「安永九年」となって一気に1700年代まで遡ってしまいますので。

牛天神の狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 ★(じつに綺麗なお仕事ぶり、見事なものです)
●狛犬としての個性度   ★★江戸狛犬の「見本」のような出来上がりぶり!これを手本にした石工さんも沢山居たのではと考えました)
●癒され指数       (こんなシーンに出会いました、子供たちもこのワンコなら怖さを感じないし、親しめたのか・・・・)



●思わず笑っちゃう度   (制作態度はマジメ一点張りですから・・・ただ、ギョロンとしたメンタマは可愛いやねということで)
とにかくすべてが素晴らしい、満点ワンコたちです。
●奉納日 ○永九年九月(嘉永九年(1856年)ではないかと推測)
●作者名 石屋五郎兵衛

●撮影機材 ミノルタα303(前玉深傷の35-105ミリレンズ)、コダックTマックス400

 

本殿右脇の末社にはお稲荷さんが祀られていて
そこを見張っているオキツネさんのママ。
子供が乳をチュ〜チュ〜している真っ最中!


阿くんの口の中に注目。
歯の立て方や舌の立体的な彫り方など
この堅い石材をよくここまで細かく刻み込んでいるものだ
と、感心しちゃいます。

2009.12.13

駒込・天祖神社
生息地:東京都文京区本駒込3-40-1

 右の写真、1枚目の阿クンでは不鮮明なので分かりにくいのですが、2枚目の吽サンだとハッキリその特長が解ります。
 イヌとは思えぬ団子っ鼻で、大きな牙を上顎から生やしたこの顔は一見すると「鬼」のようでも、見れば見るほど「外人」の顔ではありませんかっ。それもアングロサクソンやアフリカンというより、トルコ・ギリシア系の人達の面相によく似ています、脚だってなんだか日本人離れした長さですよねぇ・・・。
 で、どんな時代にどんな人が刻んだんだろうと、気になって台座を一巡りすると、奉納年は刻まれていませんでしたが、石工さんの銘は「幾治郎」って刻んでありました。
 このようにお顔が極めてガイジンチックなので、もしやナンマイダーさんが見つけてこられた「トルコ犬」と関係があるかもしれないと一瞬思ったのですが、地域的にも横須賀と駒込では離れすぎているので、無関係のようです。
 また、石工さんの表記ですが「幾治郎」という苗字無しでナマエだけの場合は、明治以前の作と言うことが解りますので、それから推考しても時間的矛盾があり関係が薄いと解りました。
 ご覧の通り、江戸末期の作だとしても保存状況が極めて良くて欠損や大傷などありませんから、相当に大切に扱われていたワンコですね。いやぁ〜、それにしてもソクラテスのような顔してるっ!
 

天祖神社の狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 ★(これ、現物はかなりの大きさがあります、で、姿勢も堂々としていますから非の打ちどころがございません)
●狛犬としての個性度   ★★(この顔で個性が無いと言われたらどんな顔を持ってくればいいのでしょ)
●癒され指数       (身体の全体的なラインは極めて優しいのです、そのあたりは「癒し」になるかもしれません)
●思わず笑っちゃう度   ★★(この外人顔、一目見て大笑いできましたけど、ボクの場合は「特異体質」ですからね、果たして他の人は・・・・?)
●奉納日 ーーー
●作者名 幾治郎

●撮影機材 Panasonic FZ30


2009.9.4

駒込・吉祥寺
生息地:東京都文京区本駒込三丁目19番17号

 東京都の西方、武蔵野市に「吉祥寺」という地域がありますが、この場所にはどこを捜しても吉祥寺というお寺は見あたりません。
 では、なんで吉祥寺というようになったのか・・・
 もともと吉祥寺は現在の皇居・和田倉門のあたりに「吉祥庵」を建てたのが始まりといわれています。
  徳川家康の時代に現在の水道橋際に移り、明暦3年(1657)の「明暦の大火」で焼失し、現在の駒込に移転してきて今に至っています。しかし、その後、第二次大戦でそのほとんどが空襲で焼失し、現在は山門と経蔵だけが往時の姿を留めているのみです。
 この明暦の大火の際に、焼け出されたお寺付近の住民が一団となって移住した地が現在の武蔵野市吉祥寺で、当時のお寺を偲んで「吉祥寺」という地名にしてしまったそうです。
 その後、再建された吉祥寺はご覧のように大きな伽藍を持つ立派な寺院で、本堂の前にはこのような渡来犬が1対住み着いています。この写真では小型の彫刻に見えますが、それは本堂が巨大なためで現物は結構大きな石像です。
 スタイルとしては「子取り・玉取り」なのですが、中国犬独特のお顔と姿勢で足の細さなど、かなりデリケートな仕上げで、腕の立つ石工さんが刻んだことは間違いありません。この犬で驚くのは口の中で、この写真では見づらいのですが、2頭とも口内に独立してコロコロ動く大きな正円の玉が入ってます。一体、どうやってこんな細工が出来るものなのか不思議でなりません。

 さて、ボクが注目したのは戦災でも焼け残った「経蔵」の前に居た古いワンコたちで、これまた2頭とも身体中に不思議な縞模様があってヘンな犬なんですよ、いや、もしかしたらこれは犬じゃなくて「トラ」のつもりで彫ったものなのか・・・・神社には虎が居るって見たことありませんが、お寺では「狛虎」って、たまに見かけますよね。

吉祥寺の狛虎(?)について
●狛犬としての仕事ぶり度 ★(なんたって虎っぽいので、その威圧感は猛獣なみですから)
●狛犬としての個性度   ★★(犬だとしたら相当個性的、ただし虎だとしたらフツウですけど)
●癒され指数       0(無理・・・)
●思わず笑っちゃう度   0(無理・無理・・・)
●奉納日 弘化四年(1847
年)
●作者名 ーーー
●撮影機材 渡来犬カラー:Panasonic FZ30、虎犬モノクロ:FUJI TW-3(ハーフカメラ)





2009.10.9

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