東京で暮らしている狛犬達・・・城北編

板橋区

上板橋・御獄神社
生息地:東京都板橋区桜川1−4−6

 地元・板橋区が作成したH.P.には、「当地の人々が、武州(一説には甲州)御獄山の分霊を勧請したと伝えられています。社殿右側にある嘉永7年(1854)の狛犬は、山岳信仰のシンボルである狼型のもので、下新倉(埼玉県和光市)の石工石田栄蔵によって造られました。」との記述がありましたが、このワンコは珍しくも板橋区登録有形民俗文化財の指定を受けています。狛犬が「文化財」として指定されるなんてホントに珍しいことです。
 比較的小さな神社なのですが、ここには何と3対ものワンコがいて、そのどれもがとっても個性的なのです。


設置の位置や場所から見ると、これが現在の本役ワンコかもしれません。
大きさが一抱えくらいしかない小振りのワンコなのですが、
やけに存在感があるんです。全体のバランスがとっていいですわ!

↑このワンコの感想
●狛犬としての仕事ぶり度 ★★★(脇の下に飛び毛も付けてますし、伝統的本格派ですね、この子達は)
●狛犬としての個性度   (一つ一つのパーツには個性など無いのですが、座り姿がキレイにバランスしていてとてもカッコイイです)
●癒され指数       (赤いエプロンが効いてますね、小型なのでカワイイのです)
●思わず笑っちゃう度   
●誕生日 昭和三十年九月
●作者名 ーーー
●撮影機材 キヤノンFTb (50/1.8)
Fujifilm Neopan SS


↑このワンコの感想
●狛犬としての仕事ぶり度 ★★(伝統のオオカミですね、まだ幼いので彫り痕なども新鮮です)
●狛犬としての個性度   
●癒され指数       (やっぱりオオカミは怖いわ・・・)
●思わず笑っちゃう度   
●誕生日 昭和六十一年十一月
●作者名 ーーー
●撮影機材 キヤノンFTb (50/1.8)
Fujifilm Neopan SS


板橋区登録有形民俗文化財(信仰) 昭和62年2月27日登録
 御嶽山は、平安時代に修験道の霊山として蔵王権現が祀られたことに始まります。
江戸時代には御嶽神社へ登拝する「御嶽講」が組織され、また御師(おし)と呼ばれる
宗教者による武蔵・相模・甲斐への活発な檀家廻りによって、
現世利益的な家内安全・五穀豊穣を願う、日常生活に密着した信仰として広がりを見せました。
 その際に配布される神札は「御神狗」と呼ばれ、火災盗難病難退除の御札として知られています。
神狗は狼(山犬)のことで、「大口の真神」と尊称され、山の神の眷属(けんぞく)として、
あるいは山の神そのものとして神聖視されていました。
このため、御嶽神社の狛犬は狼型をしています。登録文化財となっているのは、
区内では当社に三対しかない狼型狛犬のうちの、嘉永7年(1854)造の一対で、
当時、神社の肝煎(きもいり)をつとめていた宝田氏・木下氏が中心となり安置したものです。
と、板橋区教育委員会事務局 生涯学習課さんが作成したページには
上記のような説明が、このワンコにはありました。

文化財になってしまったので保護のためか鉄格子の檻の中に
入れられてしまっています。

2010.12.16

赤塚・諏訪神社
生息地:東京都板橋区大門11−1

 東京の神社巡りも城南地区がどうしても地の利がよいので先行してしまいましたが、それでは偏りが生じますので出来るだけ北側・西側へも足を伸ばしていきましょう。今回の赤塚・諏訪神社は私としては「初めての板橋区」です。ここは中山道の通り道でもありますし、面白いワンコと出会えそうな予感がビンビン伝わってきますね。
 で、この初見のお社でいきなり居ましたよ、可愛いのが・・・・。本殿の前には勿論立派な一対が対峙しているのですが、私が惹かれたのはその本殿の右横に配置されていた末社を担当していたワンコたちです。体長は40センチほどの超小型犬ですが、これがなかなか味のある仕上がりなんですね。蹲踞(そんきょ)の姿勢も可愛いが、お顔がまた良いのです、何分見ていても見飽きない!
 小品ですが、彫り師のタマシイがとことん詰まっているのが分かります。こういうの好きだナァ〜・・・・。

諏訪神社・末社の方の小さなワンコの感想
●狛犬としての仕事ぶり度 ★★★(吽くんの歯の食いしばり方がいい!)
●狛犬としての個性度   (決して個性的ではなのですが、何処か惹かれます。やっぱりお顔かな・・・・?)
●癒され指数       ★★(小型と言うだけで得してますけどね、とにかく可愛いのです)
●思わず笑っちゃう度   ★★★(その小ささと顔の表情で笑えますよ、コレ!)
●誕生日 ーーー
●作者名 ーーー 残念ながら誕生日・作者とも刻字が見あたりませんでした。
●撮影機材 キヤノンFTb (50/1.8)
Fujifilm Neopan SS

こちらが本殿を担当している正規犬
明治壱拾五年四月の誕生
石工:田中○○(名の所が剥落して読めません)

 


コニカC35と比べるとこの犬の小ささが分かると思います。

2010.10.4

 

北区

荒川遊園・船方神社
生息地:東京都北区堀船4-13-28

 東京で唯一残ったチンチン電車の都営・荒川線。北方の始発駅・三ノ輪橋から飛び乗って10番目の駅で降りると、そこは「荒川遊園」という実に昭和チックな子供のためのワンダーランドがあります。この遊園地の真裏にこの地の氏神さまが祀ってあって、それがココ、「船方神社」です。

 ご覧のように隅田川の川縁にあって、その向こうはもうあの荒川がぐわぁ〜んと迫ってきているよな立地なので、治水の整備が出来ていなかった江戸時代には、このあたり相当に水害で苦しんだのでしょうね、境内には「水神さま」が今でも大切にお奉りされていました。
 さて、肝心の狛犬ですか、これまたお隣の荒川遊園にちなんだかのような、可愛い可愛い子犬風なワンコが出迎えてくれました。いやぁ〜、もう実に和みますね、この可愛らしいお顔には・・・・。

船方神社の狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 ★(威嚇はしているようなのですが、どうもこの可愛い顔ではね・・・?)
●狛犬としての個性度   ★★★★
●癒され指数       ★★★(自慢は「癒し」だけみたいな・・・)
●思わず笑っちゃう度   ★★★★(大声出してというよりはクスクスとね)
●奉納日 明治四十五年三月
●作者名 庄司清三朗
●撮影機材 ミノルタ・α303 super

 


2010.4.6


足立区

千住神社
生息地:足立区千住宮本町24-1

 まだまだキャリアの無い狛犬探訪中のわたしですが、現在までに出会った数百頭のワンコの中で、最も強烈な出来上がりのワンコを今回ご紹介して2009年度の〆にいたしましょう。
 それは東京の城北地区・足立の千住に居ました。全体の大きさは標準的なものよりやや大きいので立派に見えますが、この犬たちのスゴさはそのサイズではなく、細部にわたる超精密な仕上げの処理にあります。ここであらゆる形容詞を連ねて文字にしたところでそのスゴさはちょっとも伝わりませんので、右の5葉の絵をとくとご覧下さい。

千住神社の狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 ★(パーフェクト、満点です)
●狛犬としての個性度   ★★エクセレント、満点です)
●癒され指数       (うかつにも思わず落涙してしまいました)
●思わず笑っちゃう度   0(いいんです、涙が流せられれば・・・・)
●奉納日 文政十三年(1830年)五月
●作者名 石
工・村田整E
●撮影機材 ミノルタα303 Super

 

拝殿には右に紹介しました本命の1対がおりますが、
その他、右横の末社にはこのようなチト荒削りではありますが
趣のあるワンコも・・・・
その他、お稲荷さんにはきつねの子取りも居たりで
興味の尽きない神社であります。



父親の阿クンには長男が一緒です。
それぞれの家族の位置と台座とのマッチングが
素晴らしい・・・・


こちらは長女と一緒の母親。
子ども達の顔までしっかり雌雄を彫り分ける
手の込みようで、この石工さんの力量が
いかほどのものか容易に分かります。


母の手は子ども押さえつけようとした瞬間か
まだ子の首筋に手が触れずに中空に浮いています!
そのスキマは一番狭いところで2センチほど、
こんな表現をしたいと誰も思うのでしょうが
堅い岩石の塊を相手に、そう易々と出来る彫刻ではありませんよ。


ここにも超人的な表現が・・・・!
父親の尾の巻き毛部分です、普通はお尻に巻き毛を沿わして
レリーフとして仕上げますが、
この達人はそれでは飽きたらずに
毛の束を浮かして「中を透かす」という
強烈なワザをここで使っています。
この犬たちがここで誕生して約180年が経過してきましたが、
果たしてこの巻き毛の「透かし」を何人の人が
認識しそのことに感動したか
極々、少数であることは容易に想像がつきます。
しかし、この達人はそんなことには一切無関心で
ただひたすら、この犬たちに自分の全生命を預けたんでしょうね。
わたしはこの部分を見て、僅かであろう時間でしたが
意識が飛んでしまいました、それで気が戻ったときには
視界の妨げになるほどの泪が・・・。


これまた長女の可愛いちっちゃなオッポの部分ですが
二股に割れた毛の中の部分も透かしてありました。
もう、ここまでされたら「参りました」と言うほかに
どんな言葉が用意されていましょうや・・・・。

 大きな岩石の塊を目の前に置き、昼も夜も(いや、昔のことだから夜な無いかな)
ノミとハンマーでコツコツと石を砕き続けやがて頭の中で想像した生き物が
徐々に徐々に姿を現して来る。
何日も何ヶ月も何年もコツコツギリギリと削り磨きあげていれば、
石工さんの全生命が乗り移るでありましょう。
そして、その「分身」にやがては自分の家族同様の
「体温」すら感じてしまうのではないかと・・・。
 わたしはこの作品を前にして、この作者の強いタマシイをじんじん感じてしまいました。

2009.12.31


墨田区

向島・三囲神社
生息地:東京都墨田区向島2-5-17

 三囲と書いて「みめぐり」と読みます。向島は東京でも古くから栄えた村の一つでしたので、いくつかの神社が固まってありますが、ここはその中でも大きな方の部類になる社です。境内には本殿の他に3つの小さな社を従えていて、それぞれに立派な狛犬が設えてありますので、ある意味、狛犬パラダイスの様相にもなっていますよ。そして、そのどれもが明治以前のブッ犬であることも特筆できることであります。
 で、今回、ボクが注目したのは本殿の左横に建っている「顕名(あきな)霊社」という社にいた狛犬で、たぶん、彼らがここでは一番新しいブッ犬ではないかと思われるものです。そして、その注目のワケなのですが、この2頭、二人して同じ方向を見ています。さらに視線の先に何があるんだろうとコチラも追ってみますが、コレと言ったものがある訳じゃないのです。しかし、明らかに何かの意図を持った視線であることは間違いなく、じつに気になるワンコたちなんですね。この日、社務所にいた巫女さんにその「?」を尋ねてみたのですが、「・・・さて、存じません」と、あっさり言葉を遮断されてしまいました。う〜〜ん、彼らは何に注目してんだろっ、気になるわ・・・・。

「顕名霊社」狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 ★★★(主人一筋という忠犬ぶりで花丸進呈!)
●狛犬としての個性度   ★★★(犬の像としてどうということはないのですが、やっぱり気になる二頭の視線)
●癒され指数       (ミステリアスなだけという注目点で癒され度は低いです)
●思わず笑っちゃう度   ★★(ちょっとトボけた表情でもあるのでややだけど笑えるネ)
●奉納日 ーーー
●作者名 
ーーー
●撮影機材 ライカM4-2(小西六ヘキサー50/3.5)


(1)本殿を守っているメインのブッ犬、延享二年五月二十二日(1745年)という日付が
刻んであり、石工・和泉屋太郎介という刻字も明瞭に読みとれます。
軽く260年以上を経過したものですが、保存の程度がすこぶる良くて
大正・昭和と当時、悲惨極めたこの場所にあって震災・戦災の被害をあまり被っていないようです。

(2)一番奥の大国神と恵比寿神を祀ってある社を護っているブッ犬がコレ。
おそらく、この神社で最古のものと思われますが、
台座など風化が激しくて奉納年・作者などが
読みとり不能です。本来なら、彼らをメイン取材対象と
すべきほどの出来の良さなのですが、今回はあえて
新人達にその座を譲って貰いました。

(3)今回、ボクの眼を強烈に惹き付けたのがこの「顕名霊社」に居た彼ら。
ご覧の通り、もう姿勢からして視線同様に右に寄ってますでしょ!
どう見ても、この出で立ちには「意味」がありますよね。

(4)こちら、その相棒の吽クンの方です。視線の先は
ピッタリ阿クンと同じ方向を凝視しています、はて、何が気になるの?
この社、じつはかなり高い柵で四方を囲われていて、一般の人は近づけない
ようにガードされています。こうなると、余計に興味が湧いて来ちゃう。
一体、どんなカミサマをお奉りしてんのか、先ほどの巫女さんに
聴いてみたところ、カミサマではなく京都の三井家の創始を祀って
あるんだとか・・・・。うぅ〜ん、なるほどね、写真には撮りませんでしたが
この社、確かに上から下まで相当にお金の掛かった豪華な造りなのでありました。
となると、この狛犬達は三井宗家のご主人が帰ってくるのを
待っていて入り口方向をジィ〜ッと
みているのか、うん、たぶん、そうなんだな。

2009.6.6

向島・牛島神社
生息地:東京都墨田区向島1−4−5

 隅田川は言問橋のたもとにある、お江戸では古くて規模の大きいヤシロが牛島神社です。ここにはその歴史を物語るかのように享保・文化・文政・昭和と都合4対もの狛犬達が散らばって暮らしています。
 そのどれもが、それぞれに個性的で鑑賞には相当な時間を要すほどです。中でも正面に陣取る「獅子山」は規模も大きくもちろんその出来も最上等で「千尋の谷」から這い上がってきた子犬の表現など芸術的と言っても良いほど・・・。
 
 で、今回、ボクが注目したのはその中でも最古のブッ犬である「享保犬」に目が止まりました。台座にはいまだ鮮明に「享保十四年九月十五日」という奉納日が刻されています。享保十四年ということは西暦1729年にあたりますから、もうすでに280年の歳月をここで過ごしていることになりますね。
 享保といえば昔、学校で教えられましたね「享保の改革」ってやつを・・・・。吉宗将軍が財政安定のために農民に倹約をさせ年貢をさらに強化させて「五公五民」とかの税にしちゃったとか。
 稼ぎの半分を税金で召し上げられちゃうんですから、これは非道い!現在でもぼくら、重税感がありますけどサラリーの半分持って行かれたらどうなっちゃうんでしょ?!
 ところで、この享保犬、この中途半端な座りポーズがなんとも可愛らしく、その大きな目玉と垂れた耳が一層愛らしさに輪を掛けて見えます。この犬の場合は、威嚇とか護衛という目的は忘れて、ただただ神社のペットなんだよぉ〜という要素のみで作られたような感じがしますが、いかがでしょうか。


(1)参道の入り口にそれはそれはデカイ昭和七年生の
立派な狛犬が置いてあるのですが、圧巻はこの「獅子山」の親子
文政十一年(1828年)二月/石工:伊那庄次郎・正継

(2)このワンコは本殿左脇に地味に置いてありますので
しっかり探さないと見過ごしてしまいます。
文化八年(1811年)二月/石工:和泉屋平吉

(3)今回、ボクが注目したのがコチラの享保犬(阿)。

(4)そして「吽」、棲息場が獅子山の陰になっているので
こちらも見落としがちになります。

牛島神社(3,4)の狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 ★(もう280年もこうして頑張ったのですから、いまさら仕事なんて・・・)
●狛犬としての個性度   ★★★(明らかに「犬」ですね、唐獅子の要素はほとんどありません、犬好きの人にはたまらなく可愛らしく見えてしまいます)
●癒され指数       (チャームポイントは垂れた耳と短い尾、コレに尽きます!)
●思わず笑っちゃう度   (メンタマも大きいのです、原物の前に立つとニヤっと出来ますよ)
●奉納日 享保十四年九月十五日
●作者名 
ーーー
●撮影機材 オリンパス・AF-10 Super(Tmax 400)

2009.7.18

東向島・白髭神社
生息地:東京都墨田区東向島3-5-2

 お江戸のヤシロとしては天暦5年(951年)の創建と言うことで老舗中の老舗神社。右の写真でもお分かりのように本殿は千鳥破風の下に唐破風を据えるというダブル破風を装備した立派なもの。もちろん、これほどの格式を持った神社なので狛犬だってそれなりの格式充分なワンコが参道を見張っています。

白髭神社の狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 ★(わりと穏やかです、表情が優しいのです、でも仕事は忘れていないので・・・・)
●狛犬としての個性度   ★★(胴体を覆う毛並みの良さは、そのままこの神社の格式を表しているようで、石工さんのセンスの良さが光る逸品だと思います)
●癒され指数       ★★(台座にはハッキリと読みとれる刻み方で「文化三年」と彫られています、軽く200年は経過しているわけで、その悠久の時間を想うとき、心安らかにさせて貰えます)
●思わず笑っちゃう度   (阿吽とも真面目すぎます、良いことなんだけど・・・・)
●奉納日 文化三年(1806年)
●作者名 
台座には「八百屋善四郎」と彫られているんだけど、果たして石工さんなのかしら?
●撮影機材 プラクチカVCL3(ペンタコン50/1.8)


2009.8.20


荒川区

南千住・素盞雄(すさのお)神社
生息地:東京都荒川区南千住6-60-1

 素盞雄って書いて「すさのお」と読みます。そう、あのスサノオノミコトを祀った由緒正しき荒川の銘社がここです。この神社は境内も広くゆったりしていてお社も立派、ボクが行った日は金曜日でしたが相当な数の参拝者がお出ででした。正面鳥居を入るとまず、(1)のワンコが参拝者を吟味します。このワンコたちも文化五年(1808)六月の奉納なので、軽く200年を経過しているのですが、その材質も良く素晴らしい保存状態です。クオリティにしてもたてがみや尾のノミ使いが素晴らしく、やや小振りなのですがその出来の良さで堂々たる存在感を宿しているのですね。
 彼らに「入っていいよ」の許可を貰い更に参道を進むと、今度は桁違いに立派な「獅子山」が我々を吟味することとなります。こちらの獅子山も他所と同様に「獅子は千尋の谷にわが子を落し、這い上がってきたものだけを育てる」という故事にならって作られています。

 さて、きょうはなぜこの素盞雄神社を採り上げようかと思ったのは、本日投稿いただきましたebatomさんの「浅草銭瓶(ぜにがめ)弁天の狛犬」がここの本ヤシロの脇っちょに有る「浅間神社」を護っている狛犬と酷似しているからなのであります。この際、ご一緒に掲載して比較して貰おうという狙いです。誕生日もあちらが享保十三年(1728)で、こちらが宝暦十年(1760)で32年の差しか有りません。そして場所もあちらが浅草、こちらが南千住とほんの数キロの近場同士。これはたぶん、同じ石工さんかそのお弟子が作ったものではないかと推理してみたわけです。どうぞ、みなさまも見比べていただき、近似であることをご確認いただければと思います。

の一番古い「浅間神社」狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 ★★(カツラのように見えてしまうタテガミに迫力が欠けてしまう点がマイナスね)
●狛犬としての個性度   ★★★(逆にそのカツラっぽいへやースタイルが個性に!)
●癒され指数       (これも原物はけっこう小さなものです、バックにある鳥居のミニチュア奉納物と相まってこの空間だけは癒しの空気が充満しています)
●思わず笑っちゃう度   ★★(大笑いの要素は一つもないけど阿くんのお顔などフフッと口元が緩みます)
●奉納日 宝暦十年(1760)一月
●作者名 
ーーー
●撮影機材 ミノルタ・ハイマチックF


 この神社を取材中に、偶然ばったりとあの大オーソリティさまとご一緒することが出来ました。この前週にこの師匠さまたちが奉納された「品川神社」のワンコを拝見しに行ったばかりだったので大層驚きました!
 ここのブッ犬をふたりで観察しながら普段から疑問に思っていることなど2つ3つ質問させていただきましたが、どれも丁寧にご教授下さり、また、狛犬への知識が少し深くなりました。


(1)鳥居をくぐって最初に人定吟味をする番犬がコレ

(2)本殿前で睨みを効かせているワンコは獅子山スタイルでそれはそれは立派なもの。巨大な天然岩の上に
自然な形で獅子の父子が乗っています。(対側には母親が心配そうな表情で子を見守っている)
このような大作は石工さん一人の力だけでは無理だそうで、石工さんの他に造園師や左官師まで
関わることがあると、ご一緒したお師匠さまからお教えいただきました。

(3)今回のお目当てがこのワンコたち
このくらいの古さになるとお腹のくり抜きなどサボってスジ彫りで
済ます場合もありますが、これは浅草銭瓶弁天のブッ犬と同様に
表面処理までツルツルで実に丁寧な仕上げがしてあります。

(4)残念ながら台座の文字があまりに不鮮明で判読不能なのですが
この時代にこれだけの滑らかな犬を彫ることが出来た石工さんは相当な名工だったのでは
推測しています。それにして、座り方の形やタテガミの表現など
浅草のワンコとよく似ていると思うんですけどネェ〜・・・・・。

2009.6.23

南千住・石浜神社
生息地:東京都荒川区南千住 3-28-58

 狛犬の写真って、その形態を主に注目して見ていただきたいという理由から、モノクロでの見せ方のほうが適していると思っていますが、今回の石浜神社のブッ犬はあえてカラーでお見せします。
 その理由は、ご覧の通り煤で真っ黒になってしまったワンコが当時のまま残されているのです。当時のままとは、昭和20年3月10日未明に起きたあの「東京大空襲」のことです。
 この石浜神社は南千住の川っぷちに建っていますが、もちろんこのあたりも焼夷弾の嵐に晒された地域ですから、あの日はこのあたりも火の海であったことは間違いなく、その証拠がこの真っ黒になってしまったワンコではないでしょうか。この相当に立派な彫刻が施されている狛犬の台座には「大正四年」の文字が刻まれていますので、震災も戦災もすべて経験してきているんですね、彼らは・・・・。
 あの、故石川光陽さんが猛火の中で撮られた陰惨な写真もこの地域のものがいくつか残されています。

石浜神社の狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 ★★★(数百度という炎のなかを耐えて今日まで生き延び、さらに毎日、参拝者を護っているのですから満点以外には考えられません)
●狛犬としての個性度   ★★(戦禍のススで真っ黒けというのは大いなる「個性」とも思えます)
●癒され指数       ★★(彼らをみて、二度と同じ間違いを起こしてはいけないと・・・・、いま、こうして平和になったことの有り難さを噛み締められますよ)
●思わず笑っちゃう度   0!
●奉納日 大正四年
●作者名 ーーー(かなりの作り込みなので相当に腕の立つ石工さんの作です)
●撮影機材 プラクチカVCL3(ペンタコン50/1.8)


2009.8.27

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