穴沢天神社
生息地:
東京都稲城市屋矢野口3292

 一見して「立派っ!」と思えるほど堂々とした風貌で名品であることが分かります。近寄ってぐるり一周するとさらにその重量感・存在感が凄いのです。コマイヌのくせにと言っては失礼ですが、このお社の周りの雰囲気も影響しているのですが、えらく品格があるのですね。これは家康さんなど将軍をお奉りしてある神社などにはよくあることなのですが、このような村社に置かれることは珍しいことです。
 で、いつ頃、どんな人物がこしらえたんだろうと気になって台座を観察してみると写真(5)のような彫字が残されていました。
 このワンコたちのもう一つの特長は「阿吽」で対を成しておらず、2頭とも「阿」で邪気を威嚇しているスタイル、これも江戸後期の犬としては珍しいですね。たぶん、巳之吉さんにはそれなりの考えがあったんでしょうね。

●狛犬としての仕事ぶり度 ★★★★★(この威風堂々さは文句無し!)
●狛犬としての個性度   ★★(2頭とも「阿」というのがね)
●癒され指数       
●思わず笑っちゃう度   0

●奉納日 天保十四年三月(1844年)
●作者名 巳之吉(いかにも腕の立つ職人という感じの名前ですよね)

●撮影機材 ミノルタα5(35-70mm/f4)


(1)2頭とも「阿」


(2)


(3)生後166年、背中に背負った苔がまるで上等な毛並みのよう


(4)細部までもの凄く丁寧な仕事をしています、巳之吉さん


(5)

2010.1023

百草八幡神社 生息地:東京都日野市百草867

 東京の端っこ、多摩丘陵の外れにこんな可愛い狛犬が八幡さまを堂々と守っていました。
 もう、この可愛さ・愛らしさに説明など必要ございません、どうぞ絵をご覧下さい。もし、関東在住でこちらまで足を伸ばせますようでしたら、ぜひ本犬達に会いに行ってみて下さい、これは間違いなく癒されます。ただ、ここは山のトップにありますので真夏は避けた方がよろしいかも・・・・途中、相当な急坂の住宅街を通り抜けていきます。

●狛犬としての仕事ぶり度 0!(こんな可愛い子犬たちには狛犬の任務なんて出来るワケがない)
●狛犬としての個性度   ★★★★★
●癒され指数       
●思わず笑っちゃう度   ★★★
●奉納日 刻字が見あたらないので不明なのですが、比較的、新しいものです。
●作者名 やはり刻字が見あたらないので不明なのですが、この石工さん、狛犬の「解釈」に独自の考えを持っていると思われます。
●撮影機材 キョーセラ230AF (50mm/f1.8 AFレンズ)


2009.4.23

八王子宇津貫・熊野神社 
生息地:
東京都八王子市宇津貫(うつぬき)町1028

 自身の地元である相模原・町田の神社をほぼ周り終えたので、今度はその輪を少しずつ広げていこうと、まずはお隣の八王子に足を踏み入れました。最初に向かったのが宇津貫町の熊野神社。ここは八王子と言ってもまだ町田市との境界線近くで、いまでこそ新興住宅街に変貌していますが数年前までは、ほとんど山林だったような地域。
 古い地図で見当を付けていくと道路がすっかり変わっていて迷子になるのが必至ですので行かれる方は最新の地図を用意して下さい。(って、私の地図が古すぎてかなり迷いました)
 
 やっとの思いで、参道下まで辿り着くとご覧のような(1)御影石の鳥居の先に狭い手すり付きの階段が取り付いていて、その先にちっちゃなちっちゃなおヤシロの赤いトタン屋根が見えます。で、正直、この段階で「わっ、ここはスカだわっ!」とガッカリするんですが、結構ここまで迷いつつ苦労してきたので、境内で給水し一休みしてから次へ移動しようと、とにかく階段を上って境内まで辿り着きました。
 ・・・・やっぱりね、境内には狛犬台も灯籠も何もありません。しかし、よ〜く見ると社殿基礎台のコンクリの左右に何か小さな「埴輪」のようなものが置いてあります。(2)
 何だろっと近寄ってみたら、「コレ、もしかして狛犬?!?!?」わははははっ、君たちはお猿さんですか、なんて面白いお顔。
 落ち葉や鳥の落とし物がカラダを汚しているのでキレイにしてあげましょうね、給水しつつ軽くお掃除をしながらアチコチの角度から彼らを楽しみます。うん、なんかとってもいいですね、この二人。ややっ、これはもしかして「とってもイイ」どころじゃないじゃないですか。なんか凄く惹かれますよ。
 像の高さはそれぞれ30センチくらいの実に可愛い小さなものなのですが、なんなんでしょ、この深い味わいのあるお顔と体つきは!
 だけど、なんで下半身がコンクリに埋まってんの?最初からこういう仕上げの像だったのかしら・・・うぅ〜ん、このカタチ、この置き方、この人ともお猿とも犬ともつかぬような顔、何から何まで不思議だらけ!
 でも、いいナァ〜、とってもいいナァ〜・・・・、ジィ〜ッと見ていたら、ボクの眼から知らず知らずに涙が溢れ出ている。何で涙が?!こんなちっちゃな稚拙(?)な石像を前にして何で涙なんか出るんでしょ、ボクどうかしちゃったのかも・・・。

 現在まで100社以上の狛犬さんたちと対面させていただきましたが、癒されたり笑ったりしたことは相当数に登りました。しかし、狛犬を見て涙したのはコレが初めてです。こんなこと予想だにしませんでした。たぶん、歳のせいだと思いますけど。

●狛犬としての仕事ぶり度 ?!(この子たちが何でココにいるのかよく判らない、やっぱり一応は狛犬ということなのでしょうか?)
●狛犬としての個性度   ★★★★★
●癒され指数       
●思わず笑っちゃう度   ★★★

今日までに私が接したものの中では、もう何から何まで最高です、ここのお二人は!

●奉納日 明和二年(かれこれ250年近く、晴れでも雨でも雪でも戦争の日でもここにこうしてジッとしています、やっぱり涙が出ますよ、これだけのことでも)
●作者名 何か彫ってあるようにも見えるんですが、残念ながら読みとるチカラがございませんでした。
●撮影機材 ペンタックスA-3(DNPセンチュリア400)


(1)


(2)


(3)右像の方


(4)同じく別角度


(5)左像の方


(6)左像のアップ


(7)こちらはFBCさま撮影のもの
背中に奉納年などが彫り込まれています
最後端のあたり、どうも最初は「尾」がちゃんと
あったのではないかと想像させる痕が・・・・
(Sony DSC-W35にて)
FBCさま、画像提供をありがとうございました

2009.5.6

府中・大國魂神社 
生息地:
東京都府中市宮町3-1

 もう、なにも語ることはございません。ただただこの絵をご覧になって下さい。前回の八王子宇津貫・熊野神社の素朴な犬にも涙して鑑賞いたしましたが、こちらはさらに落涙の量が倍加してしまいました。
 この狛犬達は武蔵の守り神・大國魂神社の外れのさらに外れ、ほとんど参拝客など来ないような一番奥に在している小さな末社(3)を守っている犬たちなのですが、実に味のある犬たちなのであります。実物は高さ30センチほど小さな小さな犬なのですが小さいと言ってもその細密な仕上げは素晴らしく、毛並みや顔の表情、目つきなどどれをとっても「芸術品」といえる出来映えで・・・・。
 特に、ボクが気に入ってしまったのが母犬の方(2)、みなさま、お分かりでしょうか、これ授乳中の姿なんです。おぉ〜〜、なんて素晴らしい!赤ちゃんも大きくなろうと一生懸命に乳を吸っていますよね。これ、狛犬とはいえ、もうドラマが出来ちゃっている。こんな世界も狛犬探検をしていると出会えることがあるんですねぇ、いやぁ〜今日はいいもの見ちゃったなぁ〜・・・。

●狛犬としての仕事ぶり度 (子育て中なので、一時お休み)
●狛犬としての個性度   ★★★★★(小さいがゆえに最高)
●癒され指数       (もう、泪が止まりませんでしたもの)
●思わず笑っちゃう度   ★★★(お父さんの方のおどけた顔にはかなり笑えますよ)

 前回の八王子宇津貫・熊野神社では「今日までに私が接したものの中では、もう何から何まで最高です、ここのお二人は!」と賞賛したのですが、こちらはさらにその上を行っちゃいました、素晴らしいです、この犬たちは!

●奉納日 ーーー(台座には何か字が彫ってあった痕跡があるのみで、風化が激しく判読は困難でした)
●作者名 ーーー(同様)
●撮影機材 イオス・キッス3(フラッシュは内蔵のもので)


 その他、この大國魂神社では至る所に狛犬が居て、まさに狛犬天国の様相を成しています。ボクが短時間に確認できただけでも7対は発見できました。そして、その多くが親子犬であることもここの大きな特徴です。(4も授乳犬)(5はまた別の対で、これは父親が子供背中で遊ばせている)また、そのどれもがかなり古いもので鑑賞価値は充分なモノばかり。もし、お近く通るようなことがありましたら、ぜひ、立ち寄って会いに行ってみてはいかがでしょうか。一番のお薦めはなんと言っても一番奥の「巽(たつみ)神社」(3)のワンコたちですが、その他、尾の無い珍しい狛犬なども居て、好き者には飽きないお社です。



(1)



(2)

(3)



(4)



(5)

2009.5.18

町田・野津田神社 
生息地:
東京都町田市 野津田町 2317

 町田というと近年の都市化が激しく進行している地域ですが、それでも街の北西部の丘陵地帯はまだまだ武蔵野の面影も濃く残っていて自然林なども沢山あります。そんな丘陵の高台にあるのがこの「野津田神社」。
 規模こそ鎮守の村社風ではありますが、相当に歴史が古いらしく、鎮座しているワンコたちも江戸時代のもの。
 この狛犬、モデルにしたのは子犬だったのではないでしょうか、とにかくやたらと愛らしく可愛いのです。オマケに真紅の涎掛けなど新調されちゃってその可愛さますます倍増です。

●狛犬としての仕事ぶり度 (幼犬には荷が重い!)
●狛犬としての個性度   ★★★(小犬というのは珍しいでしょ)
●癒され指数       (ジイジはこういうのに一番弱い!)
●思わず笑っちゃう度   (こどもですからネェ・・・)

●奉納日 台座には「文久壬戌歳」と刻んであるのでこれは十二支でいうところの「11」を意味していますので文久11年と解釈するのでしょうか。しかし、文久年間って三年間しかなかったので、
文久11年では矛盾します。どなたか解読法をご存じの方、ご教授下さいませ。それにしても、江戸時代、八月になると「秋」という認識だったんですね。
●作者名 ーーー
●撮影機材 ライカM4(小西六ヘキサー50/3.5)




2009.5.31

日野・若宮神社 
生息地:
東京都日野市東豊田2丁目32-5

 この神社の本殿には新しいしっかりした狛犬がいますが、ボクが注目したのは参集殿の前に置かれていたものすごく古いワンコたち。風化もかなり進んでいて目鼻立ちもよく分からないほどです。もちろん台座に刻まれた文字類も判然としません。神社の資料によると、この子達が誕生したのは寛政九年(1797年)、なんともう210年以上の歳月をここで耐えています!
 全体の溶けがかなり激しいものの、体つきや残った耳の形から想像するに、彼らは唐獅子というよりはかなり犬寄りな感じがしますが、狛犬って年代古くなるほどどんどん犬に近づいていきますよね。

●狛犬としての仕事ぶり度 (原物はかなり小さい物ですが、「座り」の凛々しさは今でも充分に感じ取れます)
●狛犬としての個性度   ★★★(もう200年ものはそこに存在するだけで充分に個性的!)
●癒され指数       ★★(やっぱり「小さい」というのは癒しの大きな要素になります)
●思わず笑っちゃう度   (ここは参集殿の前になるので賽銭箱がないのです、だからでしょうか奇特な人が阿くんのお口にお賽銭)

●奉納日 寛政九年(1797年)

●作者名 ーーー
●撮影機材 ライカM4(ビゾフレックス・エルマー65mm)




2009.6.20

多摩センター・白山神社 
生息地:
東京都多摩市落合2-2-1

 この神社はそんなに小さくもない神社なのですが、私が使っている地図では記載が漏れてしまっていて危うく見過ごしてしまうところでした。丁度、この神社のある場所に隣の大きなビルの名称文字がスッポリかぶっていて表示が下になって消えていたんですね。こういうことって度々経験しています。そして、こういう神社に限って「いいの」が居たりするので油断も隙もありません。
 で、こちら白山神社のブッ犬もご覧の通り、超出来のよい子取りワンコです。この小犬がママに甘えて立ち上がった瞬間の姿を捉えた石工さんのセンスがすごい!また、これだけの造形を容易に彫り抜いてしまう技術にも目をみはらさせるものがります。
 この2枚の絵ではうまく写せていないのですが実物の母親の胸から子供の手・胸・腹にかけての透き加工は神業的な仕事がしてありました。

●狛犬としての仕事ぶり度 (拝殿のほぼ真ん前に居て、最高のポジションで仕事に就いている。この神社、それほど広くもないのですが、参道から本殿までの配置がうまくまとめてあってとってもイイカンジ)
●狛犬としての個性度   ★★★(小犬が立つというシチュエーションをよく思いついたものです)
●癒され指数       ★★(この愛らしさ、ジイジとしてはめろめろになりますよ)
●思わず笑っちゃう度   (孤立のパパに「ウフッ」くらいか・・・)

●奉納日 明治十三年十月
●作者名 赤羽平三郎
●撮影機材 ミノルタ・α5(35-105mm・Tmax400)

この石工さんのお名前はあまり見聞きがありませんが
相当なノミの使い手であることは間違いありません。
今後はこのお名前を記憶しておいて
第二,第三の平三郎作品を捜して歩きたいと思っています。







玉取のパパの方は母子像に比べると影が薄くなっちゃうのですが
こちらの右手からお腹にかけての透け感も見事でした

2009.9.17

稲城市・天満神社 
生息地:
東京都稲城市坂浜967

詳しい事情は分かりませんが、このおヤシロも何かの都合ときっかけで
近隣の神社が統合され、幾つかの神様が集まっていらっしゃるのでしょうか、
参道階段を登り詰めて拝殿の前の前庭にはこの状態で3対の狛犬が
お行儀良く並んでいます。

手前からご紹介
このワンコが最年長のようですが
誕生日刻字がもう風化していて判別が困難になってます
○永四年十一月とまではギリギリ読めますが
果たして最初の文字は何なのか・・・・
「永」の付く年号は、1113年の「天永」、1232年の「貞永」、
1264年の「文永」、1394年の「応永」、1521年の「大永」、
1624年の「寛永」、1704年の「宝永」、1772年の「安永」、
1848年の「嘉永」と9代もあるんです。
宝永時代ともなると、かなり際だった古代犬の特長を持っています。
このふっくらとした可愛さから判断すると嘉永時代のものではないか
と推察いたしました。

こちらが真ん中にいる一番大きくて立派な子取り犬
誕生日は「大正十一年三月」となっています。
作者は、この地域では最高の作品を数多く仕上げている「内藤慶雲」さん。
ここのワンコもバランス・立体感・透き感とも申し分のない出来上がり!

↓この写真では分かりにくいのですが、
小犬のお尻から母親の腹にかけての透き具合が見事な仕上がり

一番奥にいる小型犬です。
誕生日は「明治四十三年四月」
石工さんのお名前も彫ってあるのですが
そこのところだけ崩れかけていて判読が不能です。
尾の立ち方など、まだ江戸犬の特長が少し残っています。

2009.11.15

狛犬のキモチトップへ