飯島吉六という石工さん


神奈川の北東部を歩いていると、強烈に出来の良い狛犬をしばしば見かけます。
そして、その狛犬の台座の裏側の端っこにはまるで判で押したように
決まって「飯島吉六」という作者の銘が刻まれているのです。
飯島吉六って一体どんな人?気になりますネェ・・・
しかし、この人は一人ではないようで
わたしが見たもので最も古いのは江戸中期、最新(?)のものは
明治の中頃までのものがあり、また作風もぜんぜん違っていたりする
こともしばしばです。なので、世襲かあるいはお弟子の襲名かで少なくとも
七代くらいは続いたのではないかと推測される石工さんです。
このコーナーではその
飯島吉六という銘の入った狛犬だけを集めて見ました。
本来は年代の古い順からお見せすべきなのですが、整理の都合上、
私の発見順で並べてありますのでその点はご容赦下さいませ。

鶴見区江が崎神社
生息地:神奈川県横浜市鶴見区江ヶ崎町13

 。

大島八幡神社の狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 (古典的正統派の「向かい合い」スタイルですから満点ね)
●狛犬としての個性度   
●癒され指数       (すみません、個人的にこのような「江戸尾立ち」が大好きなもので)
●思わず笑っちゃう度   (こういうイイモノは笑ったりせずに真面目に鑑賞しなくてはいけませんです)
●奉納日 天明八申極月吉日(1788)
●作者名 鶴見村・
飯嶋吉六
●撮影機材 Pentax Z50P(28-80mm)

 天明八年の作と言うことは、もしかするとこれが吉六さんの初代の方かも知れませんね。スタイルもいわゆる頭に「擬宝珠(ぎぼし)と角(ツノ)」ですから古典正統派神殿狛犬の流が表現されています。
 ここの狛犬で特筆すべきは、その保存状態の良さです。誕生から220年以上も経過しているのにほとんど劣化が見られずノミ跡も明快なまでに残っています。棲息場所が鶴見とはいえ、工業地帯よりやや内陸側だったので震災や戦災で大きなダメージを受けなかったのかもしれません。

 幕末以降の吉六さんは「鶴見村」とは刻まずに「鶴見橋」と刻んでいることが多いです。その点から見ても、これはいままでの系列とは違っていますね。

 これは拝殿前、木柵の内側に鎮座している左右大臣像ですが、台座の裏側には狛犬と同様年月の吉六銘が刻まれていますので同時奉納されたものでしょう。
 こちらも、口元を見るとちゃんと「阿吽」になっている!

 で、境内の入口にはこんな野暮な立て看板が・・・・。
 たしかにそれほど広くはない境内ですが、こうして子どもの寄りつきを避けてしまうのは、ボク個人としては反対です。やっぱり神社の境内から子ども達の歓声が消えてしまっては寂しい限りですからね。しかし、そのお陰でこのワンコ達が傷つきもせず安心して暮らして行けているのも事実かも知れません。


さすがの吉六犬、対で並んだ姿のバランスは超一級品です。


素晴らしく安定した蹲踞のポーズ。
頭のてっぺんからオッポの先っぽまで形態の破綻がどこにも無い!



両脚に怪我を負っていますが、震災で崩落したものでしょうか・・・
出来が素晴らしいだけにもったいない、勿体ない。


この足先の毛並み模様と爪の甘皮(?)表現、地味ですが手抜きをしない
吉六さんならではの彫り方。
股の筋肉表現や一旦凹ましてから盛り上げる流れ尾のレリーフなど
鑑賞眼を退屈させることがない素晴らしい作品になっています。

2011.1.31

鶴見区白幡神社
生息地:神奈川県横浜市鶴見区 東寺尾2-10-19

 母親の背中に乗って遊ぶ長子、そして腹に潜って乳をねだる次子・・・まぁ〜、なんと賑やかな家族構成でしょう。このように子ども達がすくすく育つ願いと祈りをいつも忘れずに、このお宮さんへ氏子達が参ってきたのでしょうね。

白幡神社の狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 (子育てに忙しくて仕事なんて出来ません、しばらくの間は・・・・)
●狛犬としての個性度   
●癒され指数       ★★(6点でもモンクは出ないでしょう!)
●思わず笑っちゃう度   ★★★
●奉納日 明治十九年十二月
●作者名 飯嶋吉六
●撮影機材 Canon EOS55 (28-80mm) Fujifilm NEOPAN SS

 

 

 





かわいいお尻だね。

パパの上顎が破損してしまっています。
早く修理して欲しいですね。

2010.9.22

綱島・諏訪神社
生息地:神奈川県横浜市港北区綱島東2-10-1

 どうも写真の撮り方下手くそで、この犬たちの魅力が伝えられないことが歯痒いのですが、この夫婦犬の造形はあまりにも素晴らしく、神社の定番置物としての「狛犬」という条件を遙かに越えて芸術作品ではないかと思えるほどの完成度に達しています。
 狛犬としての「威圧」を見せながらも、阿像は明らかに母親の優しさ溢れる表情がその威圧の中に押し隠されていることが一瞬で分かりますし、吽像の父親も視線を下に落とし、威圧をくわえながらも我が子を守る手の形にその愛情が集約されていて、これまた素晴らしい「彫刻」となっています。
 さらに、この2頭に共通しているのが親の腹下から子供にいたる、その透かし具合で、これは現物を前に仔細に観察すると、どうしてこんな「裏の裏」までみごとにノミが入っていけるのか不思議でさえあります。この数葉の絵ではそのあたりの魅力がお見せできていないのが残念で仕方ありません。
 また、台座の誕生年を見ると「天保十二年文月(七月)」となっていて、これはまさに水野忠邦が天保の改革に乗り出した年。世の中は経済が混乱し、人心も激しく乱れ、民は明日の希望を失って右往左往していたときですね。そんな厳しく混乱した時代にこんな素晴らしい狛犬が産まれるものでしょうか、いや、そんな時代だからこそ未来への希望を一心不乱にこの犬の親子に込めたのか、叶うことならこの台座に残る「飯嶋吉六」さんにぜひ、お会いして聞いてみたかったです。


諏訪神社狛犬の評価
●狛犬としての仕事ぶり度 (威圧の表情がしっかりありながら、併せて愛情に満ちた表情も持ち合わせるという巧みな二重表現がスゴイ!)
●狛犬としての個性度   (子取り狛犬の最高傑作の一つ
●癒され指数       (母に甘える女の子のやんちゃな姿勢、こんなものを石の塊から生み出せるものなのでしょうか!)
●思わず笑っちゃう度   ーーー
●奉納日 天保十二年七月(1841年)
●作者名 飯嶋吉六
●撮影機材 Panasonic FZ-30

 


誕生からざっと170年くらい経過していますが
震災・戦災を乗り越えて保存状態は良好な方でした。

2009.10.6

鶴見・末吉神社
生息地:神奈川県横浜市鶴見区上末吉4-14-14

 一見してすばらしい彫刻作品と見えてしまうのが、ここ末吉神社に棲み付いている狛犬です。背中を丸めて精悍に来訪者を威嚇する姿がとても印象的。制作年も天保3年という古さですが、保存状態も最高レベルでコケや腐食の一片も見あたりません。
 天保3年って今から180年近くも大昔のことですが、ちょうどこの時期に北斎が「富嶽三十六景」を完成させています。東海道にも極々近いこの神社あたりからも北斎は富士山を眺めたかもしれません。富嶽三十六景はもちろん、この狛犬も非常に芸術性の高い作品でかなり水準の高い石工さんの作であることは瞬時にわかります。天保文化が花開こうとするまさに上げ潮時の狛犬です。

 昔も今も神社の境内は子供達の絶好の遊び場です、そんな子供達をこの二頭が遊んで怪我などしないよう優しく見守ってきてくれたんですね。一枚目の絵をよ〜く見ると屋根の千鳥破風の手前両再度に「逆立ちワンコ」が一対遊んでいたんですね。この絵を撮っているときには子供達ばかりに視点が行ってしまい、現場では気付きませんでした。

●狛犬としての仕事ぶり度 ★★(180年近くも子供達を護ってきたんだから満点が当然と・・・・)
●狛犬としての個性度   ★★★(この背丸は他で見たことがありません、作者の卓越したセンスに)

●癒され指数       (とってもボクの個人的な理由でここまで芸術性が高いとかなり癒されます)
●思わず笑っちゃう度   0(ここではマジメ一本の鑑賞の仕方で笑いはナシです)
●奉納日 天保3壬辰年12月吉日(1832年)
●作者名 飯島吉六
●撮影機材 京セラAF230
(50mm/f1.8) プレスト



制作後180年を経過しているにも拘わらず、保存状態は最高レベルです


狛犬としては珍しく、どちらが阿でどちらが吽なのかハッキリしません


狛犬の周りにはいつでも子供達が遊んでいて・・・・

2009.8.10

東神奈川・熊野神社
生息地:神奈川県横浜市神奈川区東神奈川1-1

 これは巨大な狛犬像です。雄犬の蹲踞の姿勢のままで足の爪先から頭のてっぺんまで2m以上は軽くありましょう。わたしが今までにみた吉六狛犬としても最大ですが、他のすべてを含んでも最大級の大きさです。この熊野神社自体はいわゆる「村社」であって、地元の氏神様を担っているようなところなので、それほど大きな神社ではありません。
 なので、なんでここにこれほどまでに巨大な犬を置く必要があったのかは謎ですが、たぶん願主が相当な成功者か大大名だったのかもしれません。
 誕生は江戸・嘉永年間となっていますので約160歳になる大ワンコで、寄る年波には勝てず相当に痛みがきています。しかし、ご丁寧にもそれを修復されているのですが、これが何とも大雑把なコンクリートの厚化粧で甚だ可哀相な状況になってしまっているのが残念でなりません。このような「文化財」にはもっと慎重な修復方法を採って貰いたですね。

 で、このワンコ達もさすがに吉六さんの犬だけあって、とにかくその造形の凝っていること凝っていること!サイズが大きい分、作業がし易かったことは容易に想像が出来ますが、その「透き方」の巧みさと言ったら口を開けてしばし呆然としてしまうほどです。
 とくに小犬の尻回りなどの彫り込みは惚れ惚れする出来で、ついついこの可愛いお尻をなでなでしてしまいます。この犬がいる場所はJR東神奈川駅のすぐそばですから、ぜひお通り掛かりの際は途中下車をしてもご覧になることをお薦めいたします。


熊野神社の巨大狛犬の評価
●狛犬としての仕事ぶり度 (圧倒的な大きさゆえ、誰もが平伏すでありましょう)
●狛犬としての個性度   (この大きさは個性になるほどの大きさだと思います)
●癒され指数       (子の表情などは可愛いのですが、あまりにでかくて癒されない)
●思わず笑っちゃう度   ーーー
●奉納日 嘉永年間(1850年ごろ)
●作者名 飯嶋吉六
●撮影機材 Panasonic FZ-30

 


よ〜く見ると子供のシッポの付け根には
可愛い睾丸袋がくっついているので
この子は男の子ですね。

2010.1.23

鶴見区・八幡神社
生息地:神奈川県横浜市鶴見区上の宮1-32-2

 こういう睨み方の狛犬を見たのはこれが初めてです。怒ってますねぇ、力んでますねぇ〜。この力の入った肩や筋肉の盛り上がり方がスゴイ迫力です。お顔の描写もまったくふざけたところが無く真面目一本槍で一切のスキがありません。また、シッポのシンメトリックな立ち上げ方など何処までも突き詰めちゃって遊びが何処にもありません。
 さらに台座を見るとここにも飛んでいる狛犬が細密にレリーフされていて素晴らしい仕上がりの狛犬像として完成されています。。


八幡神社の狛犬の評価
●狛犬としての仕事ぶり度 ()
●狛犬としての個性度   ()
●癒され指数       ーーー(子の表情などは可愛いのですが、あまりにでかくて癒されない)
●思わず笑っちゃう度   ーーー
●奉納日 文政八年正月(1825年)
●作者名 飯嶋吉六
●撮影機材 Olympus 35SP

 


 

よ〜く見ると子供のシッポの付け根には
可愛い睾丸袋がくっついているので
この子は男の子ですね。

2010.1.23

港北区・篠原八幡神社
生息地:神奈川県横浜市港北区篠原町2735

 JR東海道新幹線を下って新横浜駅で下車すると、駅の右側は高層のオフィスビルや横浜アリーナなど、いかにも都会的な風景が広がりますが反対の左側はちょっとした丘陵地帯になっていて住宅が点在する中にまだ幾分の森なども残っているような場所が広がります。その丘陵のほぼてっぺんにあるのがここ「篠原八幡」。神社の規模としては大きくもなく小さくもなく中間の規模という感じ。
 丘陵の森の気配はここにまで上がってきているようで、シィ〜ンとして落ち着ける感じの社です。
 そして、ここにもまた「吉六ブッ犬」が暮らしておりました。生まれは天保十年とありますから、今年で170歳になる犬の親子です。ご覧の通りお年の割には細部の彫りまできれいに残っていて素晴らしいコンディションのワンコたちです。
 雌雄ともに子供と一緒にいますので4人家族ですね。別に決まりがあるわけではないのでしょうが、私が今までに見てきた狛犬で雌雄がハッキリと表現されているものでは99%の確立で「阿」像に雌を持ってきていますが、こちらの場合でもやはり阿像に雌の特長がハッキリ表れていますので、ここでも例外ではないですね。
 そして、子供も長男(女)は雄親が、次男を雌親がというのが定番ですが、ここでもその「法則」どおりになっています。


篠原八幡神社の狛犬の評価
●狛犬としての仕事ぶり度 (二頭とも子育て中というのは、どうしても「本業」はおろそかにならざるを得ないでしょうね)
●狛犬としての個性度   
●癒され指数       ★★(人間で言うともう一歳くらいの子供でしょうかね、可愛い盛りだから見る方の眼も細くなってしまいます)
●思わず笑っちゃう度   ーーー
●奉納日 天保十年正月(1840年)
●作者名 飯嶋吉六
●撮影機材 Lumix FZ30

 

 


夫婦二人して子育て中の一家四人(頭)暮らしです


なんと言っても子供達の表情が素晴らしっ!


荒縄製のネックレスもよく似合ってます


吉六作品全体を通して言えることですが、
その毛並み表現の流麗なこと華麗なこと
これが「岩石」で出来ているとは想像させないほどの
「柔らかい」美しさを持っています。

もう一つの特長が
どの方向から見ても妥協点がどこにも見あたらないということ。
最後の一削りまで、徹底して気を緩めていません。
それは犬が乗っている台座にまで及んでいて
吉六作品は台座まで含めて鑑賞対象になってます。

2010.2.27

戸塚区・冨塚八幡宮
生息地:神奈川県横浜市戸塚区戸塚町3827

 ここでは珍しくも雄の方に「阿」の役を振っていました。雌の方は腹下に子を抱えていますが、この子供が何と表現したらいいのか、舌などペロッと出しちゃってもの凄くカワイイのであります。
 また、ジぃーっと見ているとコレが大きな岩石の塊から生まれたものなのかと疑いたくなるほどにスムースな仕上げなんですね。
 もちろん、2頭のポーズやお顔の表情など吉六さんならではの品格に溢れていることはもちろんですが、この犬たちの凄さはその全身がきれいな曲線で包まれたフォルムにあります。おもいっきり長く伸ばしたタテガミの流麗さや前方になびかせた尾の丸味帯びた刻み方など、他の石工さんではまずやらない(できない?)表現方法です。

富塚八幡神社の狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 (チト優しすぎるかしら・・・)
●狛犬としての個性度   
●癒され指数       ★★(この子を見て、感動できないなんて、そんな人いますか?今までに数百対の狛犬と対面させていただきましたが、もっとも感銘を受けたものがこの子達です)
●思わず笑っちゃう度   ★★★★
●奉納日 天保十二年八月(1842年)
●作者名 飯嶋吉六
●撮影機材 Canon EOS55 (28-80mm) Fujifilm NEOPAN SS

 

 

 

 

170年ものむかし、どれほどの工具が揃っていたのか
分かりませんが、このスムースな仕上げ方には
目を見張ります。そのおかげもあって
親しみやすさと品格の両方がちょうど良い
ところでバランスしています。


子供がママを見上げるこの表情!
これを傑作と言わずに、何を傑作というのでありましょうや。

ちょっと分かりにくいのですが、子供の薄い耳でママのお腹と繋がっています。
そして、その後に流れ落ちているママのタテガミはこのように
透けて彫ってあります。驚異的な忍耐力と技術力が伴わないと
完成しない表現でしょうね。
それにしても子供のペロッが・・・・・。

2010.3.9

日吉・駒林神社
生息地:神奈川県横浜市港北区日吉本町2-25-5

 こちらも前回の「綱島・諏訪神社」と同様にすばらしい出来映えの子取りワンコです。奥付彫りを見ると「天保八年・飯嶋吉六」で諏訪神社の石工さんと同一で、コチラの方が四年ほど古いものと分かります。
 たった四枚の写真ではこの犬たちの素晴らしさをお伝えできませんが、なによりそれぞれの表情に個性があっていつまでも見飽きるということがないのです。また、彫りの技術が頭抜けていて、その透け細工の凝り方はボクが観たものの中では最高で、この吉六という人がいかに優れた技巧とセンスの持ち主かが分かります。


駒林神社狛犬の評価
●狛犬としての仕事ぶり度 ★★(どちらかというと子育て中心か、まぁ、子どもが小さいうちは仕方がない)
●狛犬としての個性度   (この「吉六」さんという人の作品はその有機的な曲線が特に素晴らしく、それが腹の下まで回り込んでいてすごい透き加減で削り込んでいきます
●癒され指数       (吽母に甘えて見上げる子、どうしてこんな愛らしいポーズを考えつくものなのか、吉六さんにぜひ聞いてみたい!)
●思わず笑っちゃう度   阿父に付いている子の口元から見える生えたての「犬歯」、こんな細かい芸を見せられたら誰だって微笑んじゃうでしょう)
●奉納日 天保八年二月(1837年)※この年、初めてアメリカの軍艦・モリソンが浦賀に入港してきたんで、追い払おうと大砲をぶっ放したんですね、徳川幕府は。まずは話くらい聞いてやってもよさそうなものなのに・・・。
●作者名 飯嶋吉六
●撮影機材 コンタックスTVS

ちょっと分かりづらいのですが
「鶴見橋  石工  飯島吉六」
と刻まれています。
この時代、一般の町民には苗字が許されていない
はずなので、この人は庶民ではなかったのかも・・・。


一流品のブッ犬って、台座からしてもう一流品ですね

なんという芸の細かさ、生えたての犬歯が可愛っ!

母親は女性らしくお顔の大きさなど一回り小さく仕立てて
雌雄を明確にしてあります、髪の毛のウェーブなども
断然こちらの方が豊かで優しい削り方

この母を見上げる表情で充分泣けました
小さな右手をここに乗せたことで
この子の腹下はすべてさらって透けています
1837年、電気も動力もないその時代に
吉六さんの驚異的な技巧で
この犬たちは誕生いたしました

2009.10.28

東京都品川区鮫洲神社
生息地:東京都品川区東大井1丁目20番10号

 東神奈川「熊野神社」の巨大犬のミニチュア版といってもいいほどに、すべてがそっくりです。制作年もほぼ同一なので、2代目か3代目の「吉六」さんが彫ったものだと思われます。

鮫洲神社の狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 (2頭とも子持ちなのでね、仕事との掛け持ちは・・・?)
●狛犬としての個性度   
●癒され指数       ★★(子供の表現が独特ですね)
●思わず笑っちゃう度   
●奉納日 嘉永二年十月(1849年)
●作者名 飯嶋吉六
●撮影機材 Canon EOS10D(28-80mm)


鳥居のすぐ後ろにいる昭和犬

昭和十六年の奉納ですね。
いよいよ戦争が厳しい状況に入っていくあたり・・・
スタイルがやや「招魂社」っぽいのは
そんな時代背景を反映しているのでしょうか。

 





いつも感じるのですが、この「飯島吉六」と正楷書体の見本のように
きっちりと彫られた銘にこの人の真面目な人柄が
丸出しになっていますね。
自分の名前くらいはこのようにキリリと
書けるようになりたいものです。

このペアは2頭共にお口が開いている珍しいタイプです。
なにか特別なワケがありそうな気もします・・・・。

目の前は海なのでやはり「御林猟師町」と刻まれていますね。
現在の鮫洲には漁業者など一人も居なくなってしまったと思われますが。

2010.9.22

川崎市大島八幡神社
生息地:神奈川県川崎市川崎区大島3-4-8

 先代から数えて十一代目の飯島吉六さんが刻んだ狛犬が川崎の大島八幡さんで睨みを効かせています。ここでは阿ママの方が「玉取り」をしています。通常、玉取は男の専売特許のように扱われるのですが、ここのワンコの場合は吽君に時節柄(日露戦争か)の「砲弾」を持たせちゃったので、仕方なく奥さんには玉を持たせる以外に方法が見つからなかったのか・・・。
 こんなシチュエーションですからママに子どもと遊ばせるわけにはいきませんものね。そんなことをすると国威発揚の張り切りが腰砕けになっちゃいますし。そんなことで、狛犬というのはその時・その時代の空気や世相を敏感に表出させる道具にも使われることがよく分かります。なので、子取りのワンコが方々に奉納されている時代というのは平安・安寧の時期を表している証明でもあるのですかね。

大島八幡神社の狛犬について
●狛犬としての仕事ぶり度 (なんたって砲弾付きですから凄みだけでも充分備わってます)
●狛犬としての個性度   
●癒され指数       (台座に「旭日旗」と「碇に鉄砲」がレリーフされていますから、とても癒しなんていう雰囲気は存在しておりません)
●思わず笑っちゃう度   
●奉納日 明治三十九年十月(1906年)
●作者名 第十一代・
飯嶋吉六
●撮影機材 Canon EOS55(28-70mm)


台座には「凱旋記念」の文字や交差させた旭日旗、そして交差させた銃と碇など
日露戦争勝利のワイワイした空気がそのまま彫られていますね。

狛犬がこのような姿になるのは悲しい物がありますが
これも当時の「空気」を的確に伝える歴史の証人という見方も出来るわけで・・・・




この作者の「第十一代・吉六」さんで飯島吉六の歴史は終わったようです。
この後の年代の吉六作品には未だに出会っておりません。

2010.11.2

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