Olympus XA

彼女のオートバイ・彼のカメラ

 渋谷・宮益坂のオープンカフェで、ひろみと待ち合わせ、和之はヒーリー・スプライトのパッセンジャーシートに彼女をエスコートした。カニの目玉のようなヘッドライトを持つこのスパルタンを和之はたいそう気に入っていて、あちこち手を入れながら、もう10年近く愛していた。
 渋谷駅のガードを突っ切り、道玄坂を一気に駆け上がって、少し走った交差点を左に折れると両側に並木が立ち並ぶ気持ちのいい道にでた。
 ひろみは、午前中、自分が任されている南青山のフォトギャラリーの作品搬入に立ち合ったあとは、暇だというので、和之は葉山あたりの海にでもと誘ったのだ。

「昼食は・・・」
「まだよ」
「うん、わかった」
 和之はしばらく車を走らせ道の左側に寄せ、パーキングエリアに入れると、
「ここにしよう」
 と言って、ひろみの乗るドアを開けてあげた。
「代官山は久しぶりだわ」
 車の降り際にチラッと太陽に目をやるひろみの瞳が眩しそうだった。

 その店は、一階にイタリアの靴屋がある地下にあった。地下と言っても一階の軒が高く、いわゆる半地下といった趣だ。
 日本人好みに味をアレンジして出す、小さいが気の利いたイタリアンレストランだ。
 歩道に沿った階段を下りていくと、趣味の良い古めかしい木製のドアでゆきどまる。和之はドアを開け、ひろみを導き入れると、初老だが紳士然とした物腰の柔らかいウェイターが出迎えてくれ、案内され窓際の席に向かい合って座った。


 ほどなくして、そのウェイターがメニューを二人に差し出し、
「ごゆっくりと・・・」
 と言って去っていく。
「このお店、よく来るみたいね」
「いや、今日が初めてさ」
 なんてつまらない返事をしてしまったのだろう、和之は陳腐なウソをついてしまったことを後悔した。
「あのウェイターさん、素敵な方ね、アナタを見る目が毎度ご贔屓にって言っていたわ」
「・・・・」
 ひろみは悪戯っぽく微笑んでみせた。
「でも、そんなことはどうでもいいの、今日はわたしだけを見つめていて・・・」
 初夏の透明な陽を斜めから受けたひろみの白い笑顔が和之のついた小さなウソを許していた。

 ひろみとは、偶然のふれあいからつき合いが始まった。
 和之は、大手航空会社のグラウンドクルーとして羽田で勤務している。時間があくと、大事にしている62年製ボンネビルを駆って、よくターンパイクまでツーリングをしていた。もう20年以上使われたバイクだが、和之の入念な手入れでバーチカルツインの強烈なトルクは、全く色あせしていない。


 3月のはじめの頃、もう雪の心配もないだろうと今年になって初めて、ターンパイクを走った。
 山頂付近まで上り詰めた辺りで、一台のマッハ3がトラブルかなにかで路肩にバイクを寄せ、腰をかがめたライダーがしきりにエンジンを覗いている。
「どうしました」
「急にエンジンが止まっちゃって・・・」
 驚いたことに、そのライダーは女性だったのである。
 上下とも色が落ちかけ、体によく馴染んだ茶色の革製スーツをまとって、フルフェースのヘルメットをしていたので、てっきり若い男性かと思ったのだ。まさか女性とは・・・、すらりとした身長は165センチくらいはあるだろうか。
 和之も道の端にボンネビルを止めると、
「連れの方はいないのですか」
「はい、私ひとりなんです」
 と言いながらヘルメットを外すと、きりりとした眉で決して高くはないが鼻筋の通った美しい顔立ちだ、25、6才だろうか。最近は女性もこんな大型バイクでよくソロツーリングを楽しんでいるようだ。
 もし、絶望的なトラブルであれば、小田原辺りまで送っていけばいいかと和之は考えた。
 かなりきつい坂を上ってきたので、多分、オーバーヒートだろうと和之は想像した。標高も1000メートルくらいになると、空冷2サイクルには苦しい。
 エンジンが冷めるのを待ってキックを踏んでみたが、やはりエンジンは目覚めなかった。タンクにはガスが十分あるので、火が飛んでいないと判断した和之はプラグを外してみた。
「思った通りだ、プラグがブリッジしちゃってる」
「直りますかしら・・・」
「あぁー、ご心配なく、10分もあれば終わります」
 2サイクルエンジンではよくあるトラブルだ。和之はジャケットのポケットからアーミーナイフを取り出すと、電極を塞いでいるカーボンを手際よく削り落とした。
 3本のプラグを再びセットし、キックペダルを思い切り踏むと勢いよく白煙を巻き上げながらエンジンは目覚めた。
「うわぁー、よかった、エンジンがかかった」
「直ってよかったですね、それじゃー、お気をつけて・・・」
「あのぉー、ぜひ、お礼が・・・」
「そんことは気にしないでください、それより早く降りないと日が暮れちゃいますよ。ここは暗くなると街路灯がないので危険なんです」
「あのぉ〜、貴方はどちらの方へ・・・」
「ボクは東京方面へ戻ります」
「わたし、代々木なんです、まだ少し心配なので足手まといでしょうが、ご一緒に降りていただけませんか」
「そういうことでしたら、いいですよ、途中までご一緒しましょう・・・」
 彼女を先に行かせ、和之は後ろから様子を見ることにした。
 大の男でも、ねじ伏せるのに手を焼くじゃじゃ馬のマッハ3だが、彼女はしなやかな下半身でバランスをとり、タイトな下りコーナーをパスして行く。
 綺麗に乗りこなしているなぁ・・・和之は彼女の後ろに寄り添うように併走した。
 躰にピッタリとフィットした革のスーツがマッハ3とよく馴染んで、バイクと彼女は、いま、完全に一体となっている。

 箱根を一緒に下り、途中、茅ヶ崎の海に面したレストランに立ち寄り、マシンのことやらで話が弾み、以来3度ほどツーリングデートをするまでになっていた。

 テーブルに置かれたゴブレットを弄びながら、ひろみは美しい顔で微笑んだ。
 遅い午後の光は、この半地下の窓際にも射し込んでくる。ゴブレットの水に反射した光がひろみの頬を明るく照らした。
 髪をひきつめ、後ろで束ねたシンプルなポニーテールはきりりとした顔立ちを一層引き立てている。目や口元の輪郭がはっきりしていて、どちらかというとバタ臭い顔立ちなのだが、このまま朱鷺色の小紋などを着せ、縁側に面した和室に凛として座らせても、何の違和感もなく溶け込みそうな雰囲気も持っている。

「いまのきみを写真に撮ってもいいかい」
「・・・」
 ひろみは、やや照れながらも承諾したかのように微笑みながら窓の外へ視線を運んだ。
 和之はジャケットのポケットから小型のカメラを取り出すと、縦位置に構えて、静かにシャッターを切った。
「この写真、いつも持ち歩いていたいんだ」
 その瞬間、ひろみの頬がうっすら赤らんだ。
「わたしにも、あなたを撮らせて。お部屋に飾りたいの・・・」
 和之は、少し照れた様子で、ひろみにカメラを手渡した。


土曜の深夜、安ワインを流し込みながら、XAをもて遊んでいるうちに、こんなストーリーが思い浮かびました。
ということで、今回は、和之さんがポケットからさり気なく取り出したカメラ「オリンパスXA」についてです。
どうです、こんなシチュエーションには絶対お似合いのカメラでしょ。

例によって、このカメラのスペックや来歴は諸先輩のHPにお任せすることとして、なぜ、和之さんがこのカメラを愛用しているかについて少しお話ししましょう。
彼はもともと機械いじりが好きで、飛行機の整備などを仕事としているのですから、カメラ屋のウインドウに並んでいたXAシリーズを見て、距離計がつき、絞り優先でシャッターが切れるXAを選んだことは間違いありません。グッドデザイン賞を獲ったXA2にも目が行ったのですが、プログラム露出のみというのが、和之さんには不満だったようです。
また、ショーウィンドウの右端にはシルバーの「マミヤU」もあったのですが、あのデザインは和之さんのハートを揺さぶることはありませんでした。
このXAは、ファインダーを覗くと左隅に表示されるシャッター速度を確認しながらの撮影は、データが頭の中で仕上がりがイメージできるわけですから、撮れる写真も想像することが出来るわけです。
例えば、今日の代官山デートの場合も、ひろみさんを撮ったときは、絞りを5.6にセットして多少深度をかせいで、彼女の奥行き全てが綺麗に写るようにセットしていました。
そして、ひろみさんにせがまれて、カメラを渡すときには絞りを開放に戻して、シャッター速度を2段早めて、手ブレで失敗させないようにと気を使うことも忘れませんでした。
このような場合、無骨な一眼レフなどを引っぱり出しては、和之さんのダンディズムは一瞬にして霧散してしまいますね。
この時、撮った二人の写真が見てみたいものですが、あくまでフィクションの中なので・・・。
それにしても、こんな美味しい話、何処かに転がってないかしら!

この小さい躯体の中に、35mm/f2.8、5群6枚というトンでもなく贅沢なレンズが入っているのですが、その効果は絶大ですね。隅々まで歪まず、誤魔化さず、シッカリ写ります。ズイコーにありがちなエッジの飛び出しも全く感じられず、こりゃぁ、カメラのコンセプトもさることながら、写真機としても第一級品ですね、間違いなく70年代最後に現れた日本の傑作カメラです。

今回、使用することが出来た「オリンパスXA」はJFC会友であり、スナップの師としてお慕いしている「こやの」先生より譲り受けたものです。この場を借りて、感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございました。
なお、文中に使用したイメージ写真は、XAによるものではありません。(ゴメンナサイ・作例は例によって下にあります、ご覧ください)


XAでの作例です

以下の写真は、Fuji PRESTOをエヌエヌシー社のND-76で標準現像処理。
Nikon COOLSCAN IVでネガフィルムを直接スキャニングした画像です。

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