Windsor 35

革ケース、とくに茶色いやつが好き!

 昔の日本人はネ、誰もがモノを大切にしていましたネ。
 それはネ、大人に限らず、子供達だってそうしていましたよネ。
 なんたって壊したり無くしたりしたらそれでお終い、次が無い、そう易々と買えなかったんですから・・・。
 ホントはネ、日本は、有史以来ずぅ〜っと貧乏だったのです。いや、日本に限らず、世界中がいまのように、モノが溢れていなかった。だから人々は、モノを一日でも永く使えるよう、大切に扱ったのですね。そしてまた、壊れても修復するすべというものを知っていましたネ。

 先日、テレビを見ていたら、アフリカのケニアだったと思うのですが、自動車の古タイヤを器用に加工してサンダルにして再利用しているんですネ、最後の最後まで徹底的に使い込むんです。ご覧になった方もいらっしゃるでしょう。
 いま、日本で製品の二次利用をしようという運動が盛んになってきましたが、古タイヤを履き物にとまではしないでしょうネ。
 しかし、どうですか最近の経済状況の悪さは・・・、十数年前、バブルに踊っていたときは世界一のGDPだなんて浮かれていましたが、去年はとうとう9位にまでダウン、この調子だと今年は10位以下は免れそうもありません。
 さぁ、次が易々と買える時代は終わりました、みなさん、再び昔のようにモノを大切に扱ってください。そして壊れてしまったら、修理する技術を身につけましょう。と言ってみたものの、ICが多用された家電品やカメラ、自動車など素人では手が出せなくなってしまいましたがネ。

 モノを大切にすると言えば、昔はこんなこともありましたネェ〜、覚えていますか、例えばテレビ。私の家にテレビが来たのは、皆さんとたぶん同じでしょう、東京オリンピックの年、昭和39年のことでした。あの当時、テレビは幾らぐらいしたのでしょうか。当然、父親の月収の何倍かしたことは想像できますが、かなり高価な買い物だったはずです。
 我が家に於ける導入第一号は、たしかゼネラル製だったと思います。なぜそのことを覚えているかというとですね、そのテレビにエンジ色のビロードで出来たカーテンというかカバーが掛かっていたんです。そのカーテンの左上にあの「ゼネラル」というカタカナ文字のマークが、フェルトのような白い素材で付いていたんですネ。
 そのテレビ自体も、オモテ面は樹脂製だったと思うのですが、箱自体は上下左右間違いなく木製のラッカー仕上げ、自分の顔が映ってしまうほどピッカピカで上等な光沢を放っていましたネ。

 夕方、6時頃になると、母がそのカーテンを捲りあげてテレビのスイッチを入れてくれるんです。たいがいはNHKで、「次郎物語」、「ケペル先生」、「おらぁ三太だ」、それと小柳徹君とかジュディ・オングさん(みんな子役、当然かっ)が出ていた・・・あぁ〜・・・何という番組だったかナァ〜???黒柳徹子さんが魔法の絨毯にのって、学校訪問する番組もありましたネェ〜。
 そして、時計が午後10時近くになると、スイッチを切られてまたカーテンを下げておくんです。
 あのカーテンは何のために着けてあったんでしょうかねぇ、まるで劇場のドンチョウのような役割をしていたんです。いまでも、ドラマなどでは「日曜劇場」なって言っていますから、ドンチョウという側面がないわけではない。
 テレビより少し遅れて、導入されたステレオ電蓄にも、やはりゴブラン織りのようなカバー掛けが付いていました。高価で大切なものだから、汚してはいけない、傷を付けてはいけないと、耐久消費財であるにもかかわらず、大事に扱っていたんですよ。

 高価なものと言えば、カメラだってそうでしたね。カメラは高かったですヨォ、ものによってはテレビよりも遙かに高かった。
 これは精密機械でもあるし、外に持ち出して、ぶら下げて歩くわけですから、なお一層しっかりとした防傷態勢が必要なわけです。
 ですから当時は、みんな頑丈な革ケースに包んで持ち歩いていました。カメラと言えば、革ケース、コレ常識でしたネ。
 それがいつの間にか、革からビニールやプラスチックの化学製品に変わってしまい、近頃ではとうとうカメラをハダカで持ち歩くようになってしまいましたネ。
 私もそうでしたが、革ケースに入れてぶら下げているのが、何となく格好悪いと思い始めた時期がありました。30年くらい前だったかナァ〜。多分、報道を含めてプロの方々がカメラを裸でアクティブに振り回す姿に憧れたんでしょうかネェ〜。
 現在のようにカメラを裸で持ち歩けるというのは、もはやカメラは高級品や特別大切な物ではなくなってしまった証拠なのでしょうか。

 ここ数年、そうした革ケースで大切に扱われていた時代のカメラ達と頻繁に付き合うようなって、いま、私の所には写真機の数に比例して革ケースが山のようにたまってきてしました。
 中古カメラ屋さんなどから手に入れた場合は、たいがいハダカのままですが、知り合いから譲られたり、オークションやフリマで、入手すると大抵はケースと一緒に飛んでくることが多いですネ。
 戦前から昭和40年代あたりのものは、風化と粗悪品質(特に40年代物)で、とても使用に耐えませんが、50年代になるとケースもたいそう立派な出来になってきました。わたくし、そういうケース付で手に入れたカメラで、今でも充分使用に耐えているものは、ちゃんとケースに刳るんで持ち歩くことにしているんです。これは、もちろん写真機をこれ以上傷つけまいという本来の保護目的もありますが、たまに外気や日光に晒すことでケースの劣化を防ぐ目的が第一なのです。
 しかし、使い終わったらまたケースは脱がせます。とくに革ケースの場合、湿度の高い日本ではケースが湿気を吸い込み保持して、肝心の写真機にダメージを与えますので、保管の際は気を配ります。

 さて、今回ご紹介する写真機も、やはり立派な茶色の革ケース共々、わたしのところにやってきた東興写真工業の「ウィンザー35」というカメラです。ウィンザーといえば、女王陛下が週末に過ごされる英国のお城ですね、なんともド偉いネーミングにしちゃったものです。そう思って見るとトップカバーの凸凹がウィンザー城に見えなくもありません。この時代、日本ではまだまだ光学関係においてはドイツ一辺倒に顔が向いていたはずですが、イギリスに顔を向けていることが興味をそそられます。
 誕生時期は昭和28年、当時の写真機に関する日本の状況は二眼レフやスプリングカメラなど、いわゆるブローニーロールフィルムを使用する写真機達の全盛で、35ミリフィルムを使う写真機はまだまだ少数派。と言うより、35ミリカメラ自体が巷に出回っていなかったのです。
 それもそのはずで、日本で35ミリカメラが最初に誕生したのは、わたしの知る限りでは敗戦の翌年、昭和21年に小西六のオリジナルになる「コニカI型」と昭和光学のライカコピー「レオタックス」が最初でした。
 その後、ニコン、ミノルタなどの“列強”が参戦するものの、いずれもライカやコンタックスを手本にしたようなカメラで、国産機といえど上等なもので、いわゆる庶民の元へ送り出そうという意図は見られません。
 そうこうしていく内に、35ミリカメラの利便性や将来性に未来が見え始め、一般の人々のためのカメラ造りが模索され始めたのがこのウィンザー35が誕生した辺りのことなのだろうと推測できます。
 例えば、リコーではご存じ「リコーフレックス」シリーズの大成功を横目で睨みつつも、この年、「リコレット」というリコー初の35ミリカメラを開発し出したところですし、ラコンとかロード、サモカ、トプコンなどが前後しつつ登場してきます。

 このウィンザー35も今となってはそう数多く見掛けることも少なくなってしまったので、概要的なものを少し補足いたしましょうネ。
 タイトル写真でもお判りのように、距離計と連動したヘリコイドを有しています。ファインダーを覗いてみてビックリしたのですが、な・な・なんとこのファインダーは等倍を実現しているのですよ。それも、近頃の庶民カメラのようなグニュッとした歪みなど一切出ない素晴らしい見えのファインダーなのです。ただ視野率がやや狭小で80パーセントくらいになっていますかね。天地はまあまあですが、左右はかなり端折られています。手札とかキャビネで焼くことを前提にこさえたんでしょうか。
 シャッターには「VELEX」という銘の付いたバルブと1秒から1/300秒を8段階でセットできる上等な機械が使われているのですが、この時代、巻き上げてチャージが完了する仕組みはまだまだ一般化されておらず、このカメラも手動チャージ式になっています。ちなみに上述のリコレットは巻き上げチャージを実現していました。そして、トップカバーを見てもシャッターボタンがないでしょ、シャッターは鏡胴の右側に付いているんです。

鏡胴の右側に出っ張っているボッチがシャッターノブです。
鏡胴は沈胴したりしませんが、この状態が一番出っ張った最短のときです。

接眼レンズはご覧のごとく直径3ミリほどの小窓ですが、
見難いことはありません。なにより等倍で見えることが有り難い。
右端にあるボッチはフィルム巻き上げのストッパーです。

 なので、レリーズにはちょとしたコツが必要ですよ。普通に両手で構えてしまうと、右手の中指がシャッターに触れるので、どうしてもその指でレリーズしたくなっちゃうのですが、そうするとどうしても不安定になりブレを誘発しやすくなります。そこで、右手はホールド専門にしてガッチリとボディを握っちゃいます。そして、左手で鏡胴を逆手にして握るように持ち、そのまま中指でレリーズするとガッチリと安定してシャッターを切ることが出来ます。この手のカメラをお使いのみなさま、ぜひ、この操作法を試してみてくださいネ。
 さて、レンズですが、このカメラには「C・カラー・シグマー 50mm/3.5」というエルマーと同じ様な仕様のレンズが付いています。バラしてみると3群4枚ですから、レンズ構成も同じですね。
 このカメラが誕生した時代には、カラーフィルムなど国産化されておらず、カラーに照準を当てたとは思えないのですが、「カラー・シグマー」という思わせぶりなネーミング、いずれ機会を見てスライドカラーでも入れて使ってみましょうか、その際はコダクロームを、なんて洒落てみるのも一考かも知れません。

ビュッカーさんの報告はこちら

2005.2.22


Windsor 35での作例です

写真はすべてNeopan SSを使用、ミクロファインで標準現像処理をしたもを
Nikon Coolscan IVでネガフィルムを直接スキャニングした画像です。

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8 今回もご覧頂き、ありがとうございました

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