SEMI MINOLTA

ミノルタ命かも・・・

 えぇ〜、この「カメラの話をしよう」ではことあるごとに「リコー命」「フジカ大好き」と言い続け、この2社の写真機には先入観・偏見・思い入れが強く作用した記事を書いてて、それ以外のファンの方にはさぞ顰蹙をかっているのではという懸念がないわけではありません。
 あくまで極々小さな一小市民の意見ですし、まして寛大にして博学な読者の方々は本気で読んでくださるわけがないので、今のところ夜道も安心して歩いていられるわけです。
 古いカメラの面白さに惹かれて、あれもこれもと手を出された方々の中には、同じ問題が発生していると思いますが、防湿庫から溢れ出したカメラが家のあちこちに散乱していませんか?
 ウサギ小屋同然の我が家では、子供部屋はあっても私の部屋はナシ。ましてやカメラ達を陳列して眺め楽しむスペースなどどこを探しても見当たりませんから、引き出しや押入からはみ出してしまった可哀想なヤツがポツンポツンと出てくる、やがて1台また1台・・・だんだんと散乱し始めるわけです。
 こうなると"ハミダシ君”が1台増すごとに家人の目尻もピクンとしてくるわけで、その度こちらの精神もドキン・・・そしてまたあちらもピクン、こちらもドキッ。
「もう敵の我慢の限界かなぁ〜、これであと一台増えたら噴火するだろうなぁ〜・・・」と思いつつ、やっと見つけたテレビキャビネットの奥の隙間に腰を屈めて押し込もうとしたとたん、メラメラ燃える目つきも恐ろしく無言で立ちすくむ発言権序列第一位の女帝が後で私を睨みつけているのでありました。
 この形相に私は腰を抜かさんばかりに驚き
「いやっ、このうしろにネ、たしか・・・△×÷○」
 などとアフアフしながら訳の分からないことを呟きつつ、件のカメラをシャツの下に隠しつつ、その場を這うようにして退散するのでありました。
「あぁ〜、ビックリしたぁ〜、なんだよあの形相は・・・心臓止まるかと思ったョ」
 ♪やっぱりネ、♪そうなのネ・・・などと小声でつぶやきながら「あぁ〜、いよいよ限界か」と、小心亭主はすごすごとカメラの整理に取りかかるのでありました。

 そこでハタと気付いたのですが、やたらとミノルタ製のカメラがゴロゴロと出てくるではありませんか。
 自分では全く意識があるわけではなく、整理してみるとリコーやフジカより遙かに多くのミノルタカメラがあったんですね。
 ありゃらぁ〜、これはどうした訳でしょう。
 確かにロッコールの穏やかで品のいい写りは好きだったのですが、それを追いかけていたらいつの間にか随分とミノルタ製カメラが集まってしまったようです。
 自分の感覚では、小気味良いキレのあるリコー、油絵具で塗り込めたような色ノリをするフジカが一番多いはずと思っていただけにこれにはちょっと意外でした。
 もしかしたら本当は「ミノルタ命」だったのかも・・・。

 だったら、ミノルタのカメラについても本腰を入れてルーツを辿り、いかにしてロッコールという銘玉が出来上がってきたのか、その経緯を知りたくなってきました。
 ミノルタ誕生のきっかけは、1929年(昭和4年)創業の「日独写真機商店」が製造した「ニフカレッテ」というスプリングカメラから始まります。日独のニ、フォトのフ、カメラのカ、それに小型を意味するletteを合成し、「ニフカレッテ」とネーミングしたそうです。これはベスト判8枚撮り(4cm×6.5cm)の小さく可愛いカメラで現存している個体が非常に少なく、あったとしても歴史的骨董価値が高く、入手は極めて困難なので諦める他はありません。
 そして1933年、社名を日独写真機商店から「モルタ合資会社」と改め、いくつかの試作を重ね、1935年(昭和10年)、世に出したのが今回のカメラ「セミミノルタ」です。
 市販量産カメラとしては、初めてミノルタ名を背負った記念すべきカメラで、いわゆる「ミノルタ」の歴史はここから始まります。(ミノルタという名前の由来はこちらの方で)

 この写真機のプロフィールを大雑把に紹介しますと、ブローニー120タイプのフィルムを使用するセミ判カメラで、レンズはモルタオリジナルの「コロナール75mm/f4.5」、シャッターはやはり自社オリジナルの「クラウン」。
 私の所にある個体は後期モデルのようでレンズは「コロナール・ニッポン75mm/f3.5」というものが装着されています。敢えてニッポンと謳ったところに、きな臭いナショナリズムを感じますね。
 日本はアジア各地に進出し、国際的に孤立を深めていく時期に差し掛かっていた頃です。このカメラはそのように外地へ出向いていった人々に携帯され、その土地の風景や人々を撮ることにも使われたのでしょうね。

 全体の作りはツァイスのセミイコンタを踏俯したものなのですが、このカメラには本家を凌ぐ工夫がしてあります。
 それはシャッターのチャージ方法で、イコンタの場合はどのメーカーのシャッターでもチャージレバーによる操作が必要ですが、このクラウンシャッターはその必要がありません。
 いわゆるエバーセットなのですが、これがタダ者ではない!Bから1/200秒まで何と7速を選んで使うことが出来ます。この辺りの工夫とアイデアは並外れたセンスで後に大メーカーとして変貌する片鱗が伺えるのであります。


 さてこのカメラではどんな写真が撮れるのか、早速試してみました。
 うぅ〜ん、スタイルはセミイコンタそっくりですが、テッサーとは明らかに目指している方向が違いますね。
 相当絞っても(作例2はf18まで絞り込んでいます)かなり柔らかい絵づくりで、今流に言うと眠たげな描写をします。しかし、年代を考慮すれば純国産レンズとしては、かなり優秀で画面の隅々まで手抜きのない写真になりますね。
 以前にご紹介した1952年製の「ミノルタ・セミP」と比べて見るとレトロさは一目瞭然。しかし、後のロッコールが目指したものは、このコロナールにルーツを見る想いがしますが皆様はどうお感じでしょうか。

2004.3.3


SEMI MIMOLTAでの作例です

以下の写真は、Agfa APXをエヌエヌシー社のND-76で標準現像処理。
キヤノン Canoscan D2400Uでネガフィルムを直接スキャニングした画像です。

1. Baby, it's you

2. And i love her

3. Left alone

4. Magic touch

5. 私がオバさんになっても

6. 私がオバさんになっても-2

7. 若葉の頃

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