1970年末から1980年代にかけて国産コンパクトカメラの世界は、すっかりプログラムAEとオートフォーカスが定着してしまい写 真機を操作するという楽しみを奪い去ってしまいました。それまで、カメラは一種の複雑・精密・高額機械で、それを駆使して家族の肖像を撮ってくれるお父さんは威厳と自信に満ち、尊敬すらされていたものです。がしかし、シャッターを押すだけでそれなりに写 真が撮れるような時代になると、老若男女すべての人の手に解放され、遂にはお父さんの地位 まで失墜させてしまったのです。ここでは、そんなオヤジの地位失墜の元凶となった憎っきカメラ達をいくつか紹介しましょう。これらAF黎明期には、まだズームレンズまでは搭載されておらず、レンズもしっかりした明るいものが多く、画質的に見ると魅力のあるカメラがいっぱいあります。ただ現在のものと比べるとAFシステムがプリミティブなアクティブ方式で検知の段階数も大まかで荒っぽいので、精度が粗くピントを外すことが多いのも事実でありますが。今、時期的に初期のAF機がジャンク扱いになっているので、興味のある人は入手のチャンス。程度の良い完動品でも1000円前後でゴロゴロしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


シャッターと感度設定以外は、全て裏側で操作できる。ただ右側の集中ダイヤルはクリックが軽く回転幅も狭いので使いづらい。

ビュッカーさんの報告


 

 問題の裏蓋フック部分、シングルフックで 非常に華奢。

 

 

 

 

 

 

 

初期のオートボーイ達
AF35M
1979年
1972年発売のキャノネットQL-17 G-IIIを最後にキヤノンの金属製レンジファインダーコンパクトカメラは終焉を迎え、このあとデートマチックなど数種のコンパクト機を出して、一応の成功を見るものの、1977年発売のジャスピンコニカ大ヒットにより各社がオートフォーカス路線に突き進むことになる。コニカに遅れること2年、1979年発売の「AF35M」がキヤノン初のAF機となり「オートボーイ」の歴史はここから始まる。AF方式は勿論アクティブ方式だが、近赤外発光ダイオードを用いたため、他社機に比べ暗所でもフォーカスできる点が群を抜いて優れていた。また、もうこの最初の時点でプリフォーカス機能を搭載しており、初期のAF機共通 の弱点であったピントの中抜けも克服していた。実際使ってみても後発の強味でジャスピンコニカより遙かに使いやすく、それなりに無理を聞いてくれる。プリフォーカスするためには1コマずつのレバー操作は必要で、今のカメラのようにシャッター半押しでフォーカスロックというわけにはいかないが、撮影の緊張感を持続させる上で何ら不満はない。肝心のレンズはシンプルな3群4枚構成の38mm固定焦点でスペック的にはキャノネット等より遙かに劣るものも、順光だったらほぼ完璧な描写 が期待できる。ただプログラムAEの泣き所で、低光量時での風景撮影はシャッター速度を稼ぐため、絞りが開放になってしまうので、全く締まりのない、情けない絵になってしまう。ということは裏を返せば、ポートレートで使うとバックがぼけて、雰囲気のある写 真になるということ。道具は使いよう、デメリットも使いようでメリットにということか。
ファインダーは同時代のライバルと比べた場合、像が大きく(倍率:0.5倍)圧倒的にキレイ。少し青みがかるが明るくて歪まない良いファインダーだ。もっともAFなのでファインダーを覗きながらピントを合わせる必要はないが、きれいなファインダーはいい写 真が撮れたような気がするので、不思議だ。ただボディのプラ製の裏蓋は最悪。長期の使用にストッパーの爪が耐えられず、摩滅して蓋が閉まらなくなる。キヤノンというトップブランドの設計とは到底思えない。そのトラブルのみで今使っているのは、3台目。

AF35Mの主な仕様
発売年度 1979年
レンズ 38mm f2.8 3群4枚構成
AFピント方式 近赤外光投射による三角測量 方式
シャッター 絞り兼用電子プログラムAE 1/8秒から1/500秒
ファインダー ブライトフレーム付逆ガリレイ方式、視野率85%
大きさ・重さ 幅132・高さ77・奥行き54mm  405g
発売時の価格 42,800円 (ケース2,000円)
電源 単3型電池2本
主な特徴 キヤノン初のオートフォーカスコンパクトカメラ。

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AF35ML 1981年
1981年になって2代目の大口径レンズを組み込んだ通称オートボーイスーパー「AF35ML」が出た。大きな変更点はレンズ(40mm f1.9・ 5群5枚)と測距方式(CCDを用いた3角測量方式)、なんとこのカメラでは、シャッター半押しによるフォーカスロックが実現している。さらに、オートローディングの仕組みも当時の一眼レフに使われていた高級なもので、細部にわたって上級感にあふれている。またこれだけの機構を詰め込んだにも関わらず、サイズは初代より一回り小さく仕上がっている点が凄い。
肝心の描写については、贅沢なレンズのせいか線の細い精密な写りで、発色も極めてクリアー。Canonet QL17にとてもよく似た描写をしてくれる。名称の末尾に付いた「L」は、キヤノンの高級一眼レフ用レンズの通 称「赤鉢巻き」のLレンズと共通の意味があるのか、このカメラにもレンズ周りに赤鉢巻きがあるのだが・・・。またこのカメラに限っては、フォーカス精度が非常によく、同時代の他のカメラとは、明らかに一線を画す。どんな事情があったか定かではないが、このフォーカス方式は、これ一代のみで終わってしまい、以降の製品には搭載されていない。やはりコスト高になってしまうのかなぁ。裏蓋も金属板のプレス品に改められ質感もかなり向上している。販売台数が少なかったせいか、中古カメラの店頭にはなかなか並ばないが、もし見かけたら買っても絶対損をしないはず。


AF35MLの主な仕様
発売年度 1981年
レンズ 40mm f1.9 5群5枚構成
AFピント方式 CCD素子使用による三角測量 方式
シャッター マグネット駆動電子制御プログラムAE 1/4秒から1/400秒
ファインダー ブライトフレーム付逆ガリレイ方式、倍率0.5%
大きさ・重さ 幅122・高さ73・奥行き55mm  440g
発売時の価格 47,800円 (ケース2,000円)
電源 単3型電池2本
主な特徴 スローシャッター時の手ブレ警告を電子音で知らせてくれる。

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Autoboy 2
1983年、3代目の「オートボーイ2」になる。このカメラから正式に商品名としてオートボーイを冠することになる。機構的には初代をリファインしたようだが(レンズ構成が4群4枚に変更されている)、2代目のAF35MLには質感やAF精度、レンズ性能は遠く及ばない。 さらなる小型軽量化を目指したためかフラッシュなどはかえって光量が少なくなっている。
裏蓋は初代同様プラ製に逆戻りしてフックの構造も全く同じで相変わらず摩滅したり折れたりする。2代目で反省したのかと思われたが、結局そうではないことにガッカリ。
キヤノンというメーカーは日本の会社に似つかわしくない変にドライな合理性を持っていて、一眼レフのFDマウントからEFマウントへの移行に見られるような、ユーザーを置き去りにして勝手に先に行ってしまうような所がある。
実写をしてみると、発色やコントラスト等は初代と殆ど変わらないようだが、アンダー部の解像は明らかに初代の方がいい。ただ一回り小さく軽くなったため、使い勝手は、こちらの方が上だがカメラの資質という点に限って言えば初代の方がよい。


オートボーイ2の主な仕様
発売年度 1983年
レンズ 38mm f2.8 4群4枚構成
AFピント方式 近赤外光投射による三角測量 方式
シャッター 絞り兼用電子プログラムAE 1/8秒から1/500秒
ファインダー ブライトフレーム付逆ガリレイ方式、倍率0.45%
大きさ・重さ 幅125・高さ76・奥行き46mm  300g
発売時の価格 42,800円 (ケース2,000円)
電源 単3型電池2本
主な特徴 初代の焼き直し版、際だった特長は特になし。

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HIROAさんの報告

 

 

 

 

 


 

栄光のC35よ、何処へ行く
C35AF2
1980年
60年代から70年代にかけて一世を風靡したコニカのC35シリーズは常に先進の技術と装備で、コンパクトカメラのオピニオンリーダーの地位 を維持し、AFについてもいち早く開発に着手し、1977年に発売した世界初のAFカメラ「ジャスピンコニカ」は世界中の人々に受け入れられた。
この「C35AF2」は1980年に発売された2代目で「ジャスピンハンディ」というニックネームで、初代との違いは、ネームどおり形状が若干小さくなった程度でスペック的には大きく変わった所はない。 このカメラの弱点というか欠点はフォーカスロックができない点で、ファインダーの中央にあるフォーカスマークのみでしかピントが合わないので、どうしても日の丸構図の写 真を強いられる。また初代同様どこでフォーカスしたかを表す表示窓がレンズ銅鏡右側に付いているので、撮影中には確認できない変な設計のカメラでもある。唯一の美点は巻き上げ・巻き戻しがまだ手動のままで残っている点で、我々クラカメ愛好家にはとてもよいリズムで撮影することが出来る。
写りに関しては、格別感銘を受けるような点はなく、可もなく、不可もなくと言うところか。ただカラーの発色に関しては、しっかりHEXANONの伝統を受け継いでいる。

C35AF2の主な仕様
レンズ HEXANON 38mm f2.8 3群4枚構成
シャッター 電子式
大きさ 幅129・高さ76・奥行き54mm 
最短撮影距離 110cm
電源 単3電池2本使用

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C35MFD 1982年
C35シリーズも、82年に発売されたこの「C35MFD」でフルオートカメラとしての形がほぼ完成されくる。即ち、MFD(Multi Function Date)のネーミングの通り、シャッター押すだけのカメラでフォーカスロック・プログラムAE・オートデート・オートローディング・モーターによる巻き上げ、巻き戻し等である。またこれだけの機能を一気に詰め込んだため、ボディ形状と重量 が膨らみ、当時のKONICA一眼レフの「FS-1」からペンタ部をカットしたような形になりコンパクトと言うには抵抗を感じるほど大柄になってしまった。
結局このカメラがC35シリーズとしては最後のカメラになり、14年の長きに亘って親しまれたコニカC35の歴史に終止符がうたれた。
描写に関しては、上記のカメラと同じレンズではないかと思えるほど酷似しているが、フォーカス精度がかなり上がっているようで、狙った被写 体の尖鋭度はかなり高い。



C35MFDの主な仕様
レンズ HEXANON 38mm f2.8 3群4枚構成
シャッター 電子式1/60・125・250の3速
大きさ・重さ 幅141・高さ74.5・奥行き59.5mm  459g
発売時の価格 49,800円
主な特徴 コニカ初のフィルム自動装填、自動巻き上げカメラ。
電源 単3電池2本使用

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FF-1のムードだけでも楽しもう
FF-3D
1983年
この年あたりから国産コンパクトカメラの形状が、ツルンとしたバリヤースタイルが多くなってきて面 白くなくなってくる。このFF-3Dもそんなカメラの一例で、物件としては何の魅力も感じない。ただある意味で記念すべきカメラなので、使ってみることにした。
それは、レンズを前後に動かすメカニズム以外、全ての動作をアナログとデジタル回路を併用したシリコンチップによる完全な電子化を達成した世界初のカメラということだ。古式カメラファンとしては、完全に逆のベクトルを持つカメラだが、このカメラの誕生により、電気式カメラが益々性に合わなくなり、中古カメラ熱という病原菌の保菌者になることができたので、そうゆう意味でも記念すべきカメラと言うことがいえる。
全体の印象としては、あの名機と謳われたFF-1にシルエットが似いてチョット懐かしい。特に軍艦部の形状や、RICOHのロゴなどは、殆ど同じ形と大きさで同じ様な位 置にプリントされいる。リコーにしてみれば、FF-1の後継機という位置づけだったのだろうか。
一見、樹脂の塊のように見えるこのカメラだが、裏蓋はナシ地塗装が施された金属のプレス板で、手にした時の感触が剛性を感じて非常に良い。

FF-3Dの主な仕様
発売年度 1983年
レンズ RIKENON 35mm f3.2 5群5枚構成
AFピント方式 アクティブ方式、プリフォーカス付 最短撮影距離1m
シャッター 電子プログラムAEシャッター
ファインダー アルバダ式ブライトフレーム付
大きさ・重さ 幅130・高さ70・奥行き46mm  315g
発売時の価格 49,800円 (ケース付)
電源 単3型電池2本

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PC35AF オートロン  1984年
もうここまで来ると完全に興味の対象外。では何故買ってしまったかと問われれば、それは重さだった。何台もが折り重なるように詰め込まれた、ジャンクワゴンを漁っていて、ふっとこのカメラを手にしたとき、軽々しいプラスチックボディの割に、ずっしり重く感じた。生来、単純な思考回路しか持ち合わせていない私は「重い=何か上等なものが一杯詰まっている=高性能」という方程式が直ちに成立してしてしまい、及びもしない買い物をしてしまった訳である。持ち帰ってバラしてみると、ジャンクの訳は、電池室の腐食だけで、電極板の研磨と清掃、ファインダー周りの手入れのみで簡単に甦った。この重さはどれほどの高性能に寄与しているのか早速使ってみたが、AFの段階精度がまだ粗く、今一歩で5割程度は不満(家庭でのスナップ用としては充分レベル範囲内)、しかしピッタリ命中したコマは、Pentaxの一眼用レンズ同様の透明感のあるいい写 真になる。焦点距離が35mmとやや広角なので、あと20cm寄れたら(このカメラの最短撮影距離は70cm)面 白く使えるんだが。このレンズをそっくり使ったマニュアルカメラが存在していたら、絶対欲しいと思わせるほどいいレンズを搭載している。分解してみて解ったことだが、このカメラの樹脂成形技術は素晴らしく精密で丁寧な仕上げが施されている。門外漢なので正確なことは解らないが明らかにこれ以前の成型品とは雲泥の差で、この時代に樹脂の成型技術に何らかの技術革新でもあったのだろうか。ボディには、製造国名が記されていないので、どの国で作られたかは解らないのだが・・・。

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Yashica T AF  1985年
巷で評判の高い京セラ「Tプルーフ」の前身にあたるカメラ。ブランド名はYASHICAだが、ツァイスのテッサーを積んでいる。このカメラでYASHICAの名を冠するカメラは終焉を迎えるが、最後はカメラの命であるレンズをYASHINONからTessarに変えられてしまった。テッサーレンズ以外これと言った特長はないが、レリーズの瞬間にレンズカバーの黒い半透明のバリヤーが開き、シャッターが閉じると即座に閉まる凝った仕掛けを持つ。
個体差かもしれないが、この機体は、AFが笑っちゃう位、非常に良く迷う。特に被写体の明度が高いときは、80%の確率で迷ったあげくに外すのでかなりイライラさせられる。「いいかげんにせんかい!」と独り言を言いながらの撮影になる。Contaxの一眼レフやレンジファインダー機は最近まで、AFを遠ざけていたように京セラはAFの開発に関してはあまり熱心ではなかったのかもしれない。35mm f3.5のテッサーレンズは、完全なプログラム電子シャッターで制御されていて、撮影者の意図は一切受け入れてくれない。描写 はコッテリとしたクセのある色乗りでピントが来ているところは先鋭度も高いが、絞りの位 置に関係なく、周辺の光量がかなり落ちる。さすがテッサーと期待したいところだが、設計の古さはいかんともしがたく、もう現代では通用しないかもしれない。また低速側が1/30までしか切れないので、夜景や室内での雰囲気を重視した撮影には不向き。

YASHICA T AF-Dの主な仕様
発売年度 1985年
レンズ テッサーT* 35mm f3.5 3群4枚構成
最短撮影距離 1m
シャッター プログラム電子シャッター 1/30秒から1/700秒
ファインダー アルバダ式ブライトフレーム
大きさ・重さ 幅124・高さ73・奥行き51mm  280g
発売時の価格 49,800円 (ケース2,000円)
電源 単3型電池2本
主な特徴 ヤシカの銘を冠した最後のカメラ。

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